何とも幻想的なジャケット写真ですけれども、これはロイヤル・アルバート・ホールの天井を写したものに過ぎません。それでこんなに素晴らしい光景が現出するわけですから、ロンドンの人たちもこのホールを誇りに思うわけです。

 ロイヤル・アルバート・ホールは日本の武道館に匹敵する会場です。実際、かつてボクシングのメッカとしても知られていて、モハメド・アリもここで戦いました。もっとも3回のうち2回はエキジビション・マッチですが。

 音楽会場としては、ビートルズやローリング・ストーンズ、レッド・ツェッペリンにピンク・フロイドと名だたるアーティストが出演しています。円形のホールはいかにも劇場然としており、格調が高いため、大物でなければそうやすやすと手が出せるものではありません。

 そう考えるとシネマティック・オーケストラ向きであることが分かります。彼らの「あまりに美しく、力強い、スリリングで壮大な音の世界」は、クラシックな映画に寄り添うことができるわけですから、こういう会場に向いていないわけがない。

 前作「マ・フラー」を発表したシネマティック・オーケストラは、ヨーロッパを中心にツアーを行いました。盛況だったツアーが終わるにあたり、バンド発祥の地ロンドンで、自身の歴史を寿ぐとともに新しいものを生み出せる場所はないかと思い当たったのがこの会場でした。

 というわけで2007年11月2日、ジェイソン・スウィンスコー率いるシネマティック・オーケストラは、ヘリテージ・オーケストラとともに40人を超えるラインナップでロイヤル・アルバート・ホールの4000人の観客の前に立ちました。

 結果は、「素晴らしかったよ。すごく温かくてオープンな雰囲気だったし、楽しんでくれたのが伝わってきた」とジェイソンは手放しで喜んでいます。「あんなショウだったら毎晩でも続けたい」とまで。その雰囲気はCDを通して十分に伝わってきます。

 全10曲のうち7曲は「マ・フラー」、3曲が「エヴリデイ」から選ばれています。ライブでは戻ってきたパトリック・カーペンターによるターンテーブルとエレクトロニクスから、ジュールズ・バックリー率いるヘリテージ・オーケストラによる生演奏までが組み合わされています。

 「これまでやらなかった新しい形にも挑戦した」とスウィンスコーが語る通り、この演奏者とこの会場を得て、曲に新たな息吹が吹き込まれています。盟友フィル・フランスのベースも健在ですし、いつもの彼らの魅力そのままにさらに新たな局面を付け加える。ライブならでは。

 ボーカルには残念ながらフォンテラ・バスの登場はかないませんでしたが、注目のジャズ歌手ハイディ・ヴォーゲル、モダン・ブルースのグレイ・レヴランドなどがその穴を埋めています。特にハイディのエモーショナルなボーカルは素晴らしいです。

 まだ見ぬ過去のセピア色の世界が、生命をもって甦るようなシネマティック・オーケストラの音楽ですから、1871年開場のロイヤル・アルバート・ホールに積み重なった時間を解き放ったのかもしれません。見事な一期一会。恐ろしいまでの完成度です。

Live At The Royal Albert Hall / The Cinematic Orchestra (2008 Ninja Tune)