シネマティック・オーケストラを率いるジェイソン・スウィンスコーは、「いつになるかわからないけど『マ・フラー』の映画を作ろうと思っている」と語っています。つまり、この作品を正真正銘のサウンドトラックにしようというのです。

 制作の段階から、映画の大雑把なアイデアがあったことに加え、とある友人に楽曲のブループリントを渡したところ、曲ごとに短編の脚本を仕上げてくれたのだそうです。ますます映画のイメージは固まり、それが曲に跳ね返ってアルバムが完成していった模様です。

 残念ながら映画は陽の目を見ていませんし、脚本も明らかになってはいませんが、その代わりに曲ごとに一枚の写真が添えられて、「一連の曲の核心にある物語を再構築したり創造したりする一助」とされています。

 写真を撮影したのはスウィンスコーがニューヨークで知り合った写真家マヤ・ハヤックです。独特の色味の写真で、ほとんど人物は映っていませんが、強烈に人の存在を感じます。曲順に並ぶブックレットの写真を眺めながら聴くのがやはり正解でしょう。

 シネマティック・オーケストラの4年ぶりのアルバムは、「マ・フラー」、すなわち「私の花」と題されました。フランス語の題名が示唆する通り、スウィンスコーは西ロンドンからパリに拠点を移しています。アルバム制作時にはニューヨークに移りましたが、パリの影響は絶大です。

 「フランス芸術にあるロマンティシズムからの影響が作品とタイトルにも反映されている」と本人が語っています。「それぞれの曲が小さなストーリーになっている」わけですし、アルバム映画のテーマは「愛と喪失」ですから、いかにもロマンティシズムです。

 シネマティック・オーケストラのサウンドの中で際立っていたのは、フィル・フランスのベースと一連のストリングスの音でした。そこから立ち上ってくる香気のようなものが、彼らのサウンドを映画音楽っぽくすることに大きく貢献してきていました。

 本作においては、霧のようなものは少し晴れてきていて、ギターが大きな位置を占めるようになりました。「フォーク・ミュージックの中にある『ソウル』のような、本質の部分に向かいたかったんだ」と言う通り、フォークの香りも感じます。

 意外と大きな比重を占めるボーカルには、本作にも伝説のシンガー、フォンテラ・バスが参加しています。加えてカナダのSSWパトリック・ワトソンに、エレクトロニカ・デュオのラムからルー・ローズ。陶然とさせるボーカルです。

 「痛いほど美しい」と書きたくなる気持ちも分かります。ゆったりとしたテンポで、美しい旋律が極上のサウンドで展開されていきます。アコースティックでオーガニックなサウンドをエレクトロニクスで研ぎ澄ました響きはとにかく素晴らしい。

 「バンドを見直して再編成することをすごく意識していたんだ」というスウィンスコーは映画のようなサウンドゆえに付けられたバンド名を逆手にとった架空のサウンドトラック・アルバムを生み出しました。サントラという以外に分類しようのない見事な作品です。

Ma Fleur / The Cinematic Orchestra (2007 Ninja Tune)