恐らくはザ・シネマティック・オーケストラという名前のせいではないかと思います。中心人物ジェイソン・スウィンスコーはポルトガルの映画祭「ポルト・フィルム・フェスティバル」のオーガナイザーから無声映画のスコア制作を依頼されました。1999年のことです。

 その映画というのがソビエトの映画監督にしてドキュメンタリー作品の父と呼ばれるジガ・ヴェルトフの「マン・ウィズ・ア・ムービー・カメラ」でした。この作品は、日本でも昭和7年に「カメラを持った男」という題名で公開されています。

 現在では「これがロシヤだ」という何とも不思議な題名で、2002年にマイケル・ナイマンが音楽をつけたバージョンがDVD発売されているようです。当時としては画期的な撮影技法が使われていて、刺激的な作品ではあります。

 シネマティック・オーケストラは2000年にポルト・フィルム・フェスティバルに出演し、「カメラを持った男」のフィルム・スコアを披露し、観客からは10分以上に渡るスタンディング・オベーションを受けるほど、熱烈な評価を受けました。

 彼らはこのセットをイスタンブールやグラスゴー、エジンバラなどさまざまな都市で演奏し、一様に高い評価を得ました。そして、このプロジェクトから着想された楽曲を使ってセカンド・アルバム「エヴリデイ」が制作されています。 

 若干ややこしい話ですが、ここにこうして「カメラを持った男」がちゃんとサード・アルバムになって登場しました。2002年11月26日と27日の二日間にわたるロンドンのスタジオでのライブ収録です。スタジオで映画が流されていたのかどうかは定かではありませんが。

 収録された楽曲は当然のことながら「エヴリデイ」とかなりの部分で曲が重なっています。大胆なリアレンジではありませんが、もちろん同じ演奏ではありませんから、聴き比べてみると、その違いは明らかです。やはりライブであることが大きい。

 シネマティック・オーケストラのサウンドはサンプリングをベースに使い、生演奏を大胆に切り貼りして制作するもので、スウィンスコーによるポスト・プロダクションの妙味がその魅力の秘訣だったはず。それがここでは発揮できません。なんたって9人編成のライブ演奏です。

 ところがもともとそういう制作手法であることを感じさせない、古い映画音楽を彷彿させる優美な作品を作ってきた彼らにとって、事前であろうが事後であろうが緻密なアレンジが加えられたサウンドの魅力は変わりませんでした。

 「過去の偉大なジャズや映画音楽に敬意を払いながらも決して懐古主義では終わらないこの音楽性!!」は見事なものです。言葉通り、アート・アンサンブル・オブ・シカゴの「ヨーヨーのテーマ」をカバーし、ジョン・バリーの「華やかな情事」をサンプリングしてカッコいいです。

 DVDも見ているのですが、正直に申し上げると音だけの方が私はずっと好きです。彼らのサウンドはイメージの喚起力が極めて強いので、枠をはめられたくないと思ってしまいました。ただただサウンドに身を任せるだけで、極上の時間を過ごせるのですから。

Man With A Movie Camera / The Cinematic Orchestra (2003 Ninja Tune)