ビート作家ジャック・ケルアックの「オン・ザ・ロード」は傑作でした。その読後感、というよりも読んでいる間の快感をよく覚えています。文体もとにかくかっこよくて、ゾクゾクしながら読みました。ただ同時にアメリカン・カルチャーと自分との距離を強烈に感じたのも確かです。

 その「オン・ザ・ロード」の一節から名付けられた「キックス・ジョイ・ダークネス」は、ケルアックの作品をさまざまなアーティストが朗読するトリビュート・アルバムです。全部で25曲。アメリカの底力を思い知ることができます。

 さまざまな分野のアーティストが参加しています。まずは同じ文学界から、ビート・ジェネレーションの作家、「裸のランチ」のウィリアム・バロウズ、「吠える」のアレン・ギンズバーグ、「ラスベガスをやっつけろ」のハンター・S・トンプソン。これだけでもくらくらします。

 ギンズバーグはジャケットの写真も提供しています。彼のバージョンは1995年にニューヨーク大学で行われたケルアック・トリビュートでの朗読です。バロウズの愛のある朗読といい、同じ作家として彼らにはとりわけ繋がりの深さを感じます。

 俳優も参加しています。ジョニー・デップにマット・ディロン、いずれ劣らぬスーパースターです。彼らにもケルアックは大きな影響を与えているということなのでしょう。さすがは俳優さんだけに情感たっぷりの朗読です。

 最も多いのはもちろんミュージシャンです。REMのマイケル・スタイプ、エアロスミスのスティーヴン・タイラー、パール・ジャムのエディー・ヴェッダー、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのジョン・ケール、ウォーレン・ジヴォン、ノー・ニューヨークのリディア・ランチ。

 詩人仲間とも言えるパティ・スミスにグレイトフル・デッドの詩人ロバート・ハンターなどなど。顔ぶれを見るとさほど意外ではありませんが、ビート文学がアメリカの文化にいかに大きく影響を与えてきたかが分かります。若者はまずは「オン・ザ・ロード」を読むんでしょう。

 ほとんどが伴奏付きで音楽作品としても最良の部類に入ります。特に目を引くのはケルアック自身のスポークン・ワードにクラッシュのジョー・ストラマーが音楽をつけた曲と、ケルアックの無邪気な子どもっぽい詩を可愛らしくジュリアナ・ハットフィールドが歌う曲でしょうか。

 ギンズバーグが読む未発表の詩「ブルックリン・ブリッジ・ブルース」は最後のパートがファックスがジャムったとかで失われていましたが、本作では最後にエリック・アンダーセンが補完しています。それもちゃんとブルックリン橋の上での録音です。

 ライコー・ディスクの丁寧な仕様で、しっかりとブックレットに印刷された歌詞を眺めていると、さすがに英語の詩を味わえるほどにアメリカ文化に精通しているわけではないということ以上に彼我の文化の違いを感じてしまいます。決して近づけないアメリカの深層。

 やはりだだっ広い大陸を放浪する民族の価値観はなかなか共有できるものではありません。しかし、その徹底的な自由さには憧れます。そこに影響を受けたアーティストたちのトリビュートの何と楽しげであることでしょう。

Kicks Joy Darkness / Jack Kerouac (1997 Ryko)