20代の頃、友人の影響でジャズ入門を志しました。その羅針盤の一つとなったのがミュージック・マガジン社のミュージック・ガイド・ブック中にあった中村とうよう氏によるジャズ名盤選でした。スウィング・ジャーナルではないところが反骨精神の表れです。

 その中で、80年代のジャズのみならず90年代のジャズまでも予見する凄いアルバムだと紹介されていたのがこの作品、ジャック・ディジョネットの「スペシャル・エディション」でした。まだ80年代初めだったにもかかわらずですから力の入れようが分かります。

 この作品とはそれ以来の付き合いです。まだまだジャズ入門者だった私にとって、ジャズの何たるかを教えてくれた名盤として私の中では燦然と輝いています。50年代から60年代のクラシックとしてのジャズではなく、コンテンポラリーなジャズとして初めて惚れた作品です。

 ジャック・ディジョネットはしばしば現代最高のドラマーと称されます。生まれは1942年、何といっても1968年にトニー・ウィリアムスの後任としてマイルス・デイヴィスのグループに入ったことで名声を確立しました。問題作「ビッチェズ・ブリュー」のドラマーは彼です。

 1970年代に入ると、ディジョネットはドイツのECMレーベルを中心に活動するようになり、さまざまなセッションをこなすかたわら、自身のグループを結成して、リーダー作を発表するようになります。スペシャル・エディションはその中の一つです。

 ディジョネットが集めたのは、テナー・サックスとバス・クラリネットのデヴィッド・マレイ、アルト・サックスのアーサー・ブライス、ベースのピーター・ウォレンの三人です。ブライスとウォレンはディジョネットより年上ですが、マレイはこの頃はまだ20代半ばです。

 このアルバムはそのスペシャル・エディションの最初の作品です。もちろんECMからの発表です。大方の意見が一致するところでは、スペシャル・エディションの最高傑作だということです。ジャズ史に残る名作だとされることも多い。

 ジャズ史の中での位置づけはよく分かりませんが、私はこの作品は大好きです。お勉強としてジャズを聴き始めたため、ジャズとは何かを考えながら聴いてしまいがちだった私が、そんなこととは無縁に聴けた初めてのジャズ作品でした。

 とうよう氏はここでのデヴィッド・マレイのプレイについて「自然に胸に湧き上がるものをストレイトに即興演奏に表出しているのが聞き手にそのまま伝わり、その充実したスリルこそジャズが本来持っていた最大の魅力である」と書いています。

 恐らくこれです。四人のプレイは何とも自然で余計なものがない。いつ聴いてもその魅力に心が湧きたちます。ディジョネットはドラマーなのに、印象としては半分くらいドラムレスで、代わりにピアノを弾いたり、メロディカを吹いたり。その伸びやかさが何とも美しい。

 その後、幾多のジャズ作品を聴くようになりましたが、この作品を超える作品はなかなかありません。あの頃の未来のジャズは今でも色褪せていません。喜びに溢れたしなやかで明るいこの作品には、難解なところは微塵もありません。気持がいいです。

参照:「大衆音楽としてのジャズ」中村とうよう(ミュージック・マガジン)

Special Edition / Jack DeJohnette (1980 ECM)