無垢なサウンドというのはこういう音楽を言うのでしょう。とてもシンプルで、難しいところが何にもないサウンド。ゆったりと静かで、ほんのりと明るくて、気持ちの良い涙が流れてきそうなそんなサウンドです。ピュアだけれども軟ではない。

 この作品は2017年まで活動していたバンド、ラヴジョイの中心人物ビッケと近藤達郎がラヴジョイ結成前夜の1992年に録音していた9曲の楽曲をまとめたアルバムです。四半世紀を経てようやく陽の目を見た訳です。

 「私bikkeは近藤達郎プロデュースで、ヴァイオリンの向島ゆり子さん、京都の友人たちと録音をしました。いつかアルバムとして出せたらいいなと思い、幾々々歳月。待った甲斐あり」とビッケは書いています。

 ビッケは十代のころ、日本のパンク界の伝説のバンド、アーント・サリーでギターと作曲を担当しました。彼女のパンク・ギターはフューの歌とともにアーント・サリーの大きな魅力でした。解散後しばらく消息を聞きませんでしたが、80年代後半からは活動が続いています。

 近藤達郎は80年代より様々なバンドに参加している人で、最近ではあまちゃんの大友良英スペシャルビッグバンドでの活躍が記憶に新しいです。「かもめ食堂」や「桐島、部活やめるってよ」などの映画音楽を担当していることでも有名です。

 二人の出会いは1991年だそうで、翌年にはこの作品を収録し、そのまた翌年からはラヴジョイが始動しています。この経緯を見ると、この作品の出来に二人はとても満足していたであろうことが分かります。さぞや愛おしいことでしょう。

 全9曲中6曲は二人だけによる曲です。残り3曲のうち、1曲は二人にヴァイオリンの向島ゆり子を加えた3人による曲「さよなら!」です。向島は篠田昌巳とパンゴで活躍していた人で、ビッケにはゆりちゃんと呼ばれています。なぜか近藤はだいちゃん。

 あとの2曲は近藤抜き。ビッケの90年代のバンドで、「ジュディス・メリル編纂のSF集の中の作品のタイトルから」命名された「積極的な考え方の力」に参加していた林慈郎、同時期に京都で活動していた「水銀ヒステリア」の西村睦美と山田由美子を加えた四人組です。

 ビッケは手あかのつかない素朴な声でシンプルに歌っています。その歌詞もとても素直で、♪今度いつ会えるの?♪とか♪君がすごく好き!♪とか、深読みがまるで必要ない。近藤を中心とした演奏も簡素な組み立てでその隙間がたまらない。それに何よりポップです。

 しかし、こうした作品をセンス良く仕上げるのはただ事ではありません。極上のアレンジと、シンプルながら芯の強い歌があるからこそ、さまざまなニュアンスが立ち上ってくるわけで、そこが凡百のアマチュア・バンドとは確かに違うところです。

 ジャケットは1980年代の前半から活躍するバンド「さかな」の西脇一弘が描いています。これがまたサウンドを見事に表現して過不足ありません。こういう気持のよいミュージック・シーンがあるのだなあと感動を覚えました。

1992 / bikke+Kondo (2017 Glabox)