フェラ・クティは1977年2月の衝撃的なカラクタ炎上事件以後も精力的に作品をリリースし続けます。この作品は事件後に発表された最初期の作品の一つです。この頃の作品群は正確にいつ発売されたのかよく分かりませんが、とにかく事件後です。

 フェラはカラクタを失った後、しばらくはお兄さんの家のガレージで寝泊まりしながら、シュラインで演奏を続けます。しかし、「とにかく金がなかった」ので、金が入るはずだったデッカ・レコードに直談判しに行きます。

 フェラに好意的だった経営者が交代していたこともあって、デッカとフェラはトラブルとなり、7週間にわたってフェラと女たちがデッカの応接間を占拠するという事件が発生しています。6月、7月と占拠して8月に出ていったとフェラは語っています。

 その後、フェラはガーナに向かい、そこから強制送還されるという波乱に満ちた時期を過ごしています。そのどこかでこの作品がデッカの傘下にあるアフロディジア・レーベルから発売されています。何ともスリリングです。

 お約束通り、A面とB面に1曲ずつ、約30分のアルバムです。A面が「ステイルメイト」、B面が「ドント・ウォリー・アバウト・マイ・マウス・O」。2曲とも社会問題を扱っていて、カラクタ炎上事件の直後の作品とはとても思えないというのが通り相場です。

 要するに事件前には完成していて、リリースが事件後になっただけなのではないかと言われています。あんな事件があった直後に、事件の描写や政治的なメッセージがないのはおかしいのではないかということです。

 しかし、オリジナルLPの裏ジャケットには、「カラクタの危機の最中にレコーディングされた」と書いてあります。事件後とも事件前ともとれる書き方ではありますが、私も事件前録音説をとりたいと思います。事件直後とは言い難いでしょう。

 A面は重めのファンクを基調にしていて、地味目な印象です。聴きようによっては、どことなく心ここにあらずな雰囲気も感じさせます。特にシリアスでもなく、軽めの歌詞で、コール&レスポンス、テナー・ギターといかにもなアフロ・ビートですがやや元気がない。

 B面もファンクをベースとしたトラックです。ここではアフリカ伝統の歯磨き棒対西洋伝来の歯磨きブラシや、アフリカの伝統衣装とスーツにネクタイを対比させたりと、これもまた社会問題を扱っています。

 ここではフェラのラップ調の歌がカッコいいです。ジャケット裏では実際にフェラが歯磨き棒を噛んでいる写真も使われているそうです。やっぱりとても事件後とは思えません。ラップによるコール&レスポンスは相当にユーモラスですし。

 事件の前後かなどという話題が中心になってしまったために、影が薄いアルバムになっていますが、70年代のフェラの作品に駄作無し、リズムも工夫されていますし、やや元気がないとはいえ、アフリカ70の演奏はやっぱりカッコいいです。

参照:「フェラ・クティ自伝」カルロス・ムーア(菊地淳子訳)

Stalemate / Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70 (1977 Decca Afrodisia)