デンマークの映画監督ラーフ・フォン・トリアーと言えば、思い出すのは、「ドッグヴィル」です。ある年のゴールデンウィークをずっと重苦しい気持ちで過ごすことになったのは「ドッグヴィル」のせいです。それほど心に傷を負いました。何という映画でしょう。

 そのトリアーとビョークがコンビを組んだのが「ダンサー・イン・ザ・ダーク」でした。これもねえ、随分打撃を受けましたよ。ビョーク扮するセルマの夢、ミュージカル・シーンがなければ救われなかったことでしょう。これもまた何ともやりきれない映画です。

 この映画は2000年のカンヌ映画祭でパルムドールに輝き、さらにビョークは主演女優賞を獲得しています。トリアー監督は、万人受けするようになったらおしまいだというようなことを言っています。アカデミー賞には縁のない彼らしいです。

 ただし、この映画は良いことばかりではありません。#MeTooでは、ビョークによって監督のセクハラが告発されています。監督は歯切れの悪い反論をしていますが、当時ビョークに責められて悔い改めた様子で、ニコール・キッドマンは無事でした。何よりです。

 主演を務めたビョークの演技は文句なく素晴らしかったです。普通の映画とは随分異なるカメラ・ワークはビョークのためのようで、彼女の妙に観客と近いリアルさが際立っていました。思えば音楽も同じ。ビョークはとにかく近いんです。

 この作品はサウンドトラックですけれども、タイトルは「セルマソングス」とされました。「世の中には、こういうとっても内気なひとたちがいるのよ。で、わたしはそういう人たちの代表みたいに、ここで応援の歌を歌おうと思ったの」。だからこその「セルマの歌」。

 アルバムはストリングスによる「序曲」で始まります。アルバム中唯一のインストゥルメンタルであるこの曲は、ダークな印象ですけれども、同時にとても力強い。セルマの全てを表現するかのような見事なスコアです。

 二曲目の「クヴァルダ」は、共演している大女優カトリーヌ・ドヌーヴとのデュエットが聴かれます。働いている工場でミュージカルを空想するセルマ。工場の機械音がリズムを奏でていくのはとてもビョークらしい。カトリーヌ・ドヌーヴの歌が聴けるなんて。お宝度大です。

 三曲目は「アイヴ・シーン・イット・オール」。アカデミー賞の最優秀歌曲賞にもノミネートされた曲で、サントラではレディオヘッドのトム・ヨークとのデュエットとなっています。斬新なカメラワークで、とてもボリウッド的なサウンドトラックです。トムと一緒でよかった。

 映画では絞首台で歌う壮絶な「ネクスト・トゥ・ラスト・ソング」は収録されていません。あまりに重いからでしょうか。確かにこのアルバムに入っていたとしたら、何度も聴くのはためらわれたかもしれません。それほど凄絶。

 ビョークの音楽プロパー作品と比べると、サントラということで冒険は少ないです。ビョークの既存の音楽を映画に合わせて編集したようなイメージの作品です。ビョークをこの枠に収めるのは窮屈でしょう。それでも、映画とともに重さを味わう感動的な作品には違いありません。

Selmasongs / Björk (2000 One Little Indian)