フェラ・クティのこの作品も因縁のカラクタ炎上事件以降最初に発表された作品の一つです。今回はジャケットがとにかく恐ろしい。血まみれになったフェラ・クティを想起させますし、背景の黄色地には人々の顔が描かれています。

 しかし、この作品も事件について歌っているわけではありませんから、一般には録音されたのは事件前だと言われています。実際、フェラ自身が事件のことを歌ったと言っているアルバムは2年後、3年後の発売で、そこにはギャップが生じています。

 例によってLPでは片面一曲ずつの2曲構成です。最初の曲「フィア・ノット・フォー・マン」は、アフリカの星、ガーナのエンクルマ元大統領の言葉を引用しています。♪人生の秘密は恐れないことである♪。フェラに相応しいことばです。

 フェラは事件後しばらくしてガーナに向かいます。そこでは彼の「ゾンビー」が大ヒットしていて、フェラのアポロ・シアターでのライブも大いに盛り上がったようです。そこで、フェラは学生たちとエンクルマイズムについて熱く語り合いました。

 さらに腐敗した政府に対し、激しい憤りを感じる学生たちと触れ合ったことで感じ入ったフェラは、4大学の学生リーダーに「やりたいことをやるべきだ」とアドバイスします。ここに、街角でひと悶着起こしたことなどが重なり、ついに軍事政権は78年にフェラを追放します。

 それを考えると、この曲の歌詞は途端に重い意味合いを持ちます。フェラのエンクルマ元大統領への敬愛の念は強く、それを忘れてしまっているガーナ軍事政権もナイジェリア政府同様、フェラの攻撃対象となっていきました。

 この曲の録音時期ですが、フェラの友人であり、ライナーを書いているクリス・メイは、カラクタ炎上事件によって中断されたのではないかと推測しています。その根拠となっているのが、この歌詞です。実質、エンクルマ元大統領の引用に尽きていて、とても短い。

 本当はフェラは歌詞を書き加え、ボーカルを重ねる予定だったのではないかというのがクリス説です。そう言われてみれば確かにそんな気がしてきます。大事にしているエンクルマイズムだからこそ、フェラの言葉が重ねられていくのが自然です。

 そしてB面がさらに特徴的です。「パーム・ワイン・サウンド」はまさかのインストゥルメンタル曲です。それもハイライフ・タッチの軽やかな曲です。フェラの初期のサウンドに近いですから、かなり前に録音されていたと言われてもおかしくないタイプの曲です。

 しかし、この曲は相当に魅力的です。反復するテナー・ギターにハイライフなホーンが重なって、パーム・ワインに酔ったかのような空気を運んできます。戦うフェラの魅力は何ものにも代えがたいですが、こういうフェラの魅力も捨てがたい。

 完成に至っていない曲と過去の録音ではないかと思われるインスト曲の組み合わせですから、事件後のバタバタの中でもとにかく発表し続けようとしたことは一目瞭然です。これを耳にした当時のガーナやナイジェリアの人は不屈のフェラを見出したことでしょう。

参照:「フェラ・クティ自伝」カルロス・ムーア(菊地淳子訳)

Fear Not For Man / Fela Anikulapo Kuti & Afrika 70 (1977 Decca Afrodisia)