クラウス・シュルツェの6枚目となるソロ・アルバムは、彼が「ビッグ・ムーグ」と呼ぶ巨大なムーグ・シンセサイザーを初めて使用した記念すべき作品です。入手経路に諸説あるようですが、私としてはポポル・ヴーのフローリアン・フリッケから譲り受けた説をとります。

 さらに、この作品での初めては続き、初めてシークエンサーを使用したアルバムですし、なによりも初めてマルチ・トラックで録音した作品です。ついでに言えばちゃんとしたスタジオを使ったのも初めてだったようです。これまでの作品は一体...。凄いことです。

 前作「タイムウィンド」がフランスでヒットしたために、機材を揃えることもできたし、スタジオを借りることもできた。そこそこ商業的に成功するのは大変結構なことです。本作は前作の勢いを駆ってフランスでチャート入りまでしました。さすがはフランスです。

 シュルツェはこのアルバムの録音前後にツトム・ヤマシタの「GO」プロジェクトに参加していますし、アルバム発表の2、3か月前には日本のファー・イースト・ファミリー・バンドのプロデュースもしています。ミュージシャンの間でも評価されていたことが分かります。

 ちなみに同バンドのキーボード奏者高橋正則は後の喜多郎、シュルツェとの出会いがシンセへの道を切り開くことになりました。ドイツではなかなか評価されなかったシュルツェは海外でこそ正しく評価されていきました。

 この作品にはハロルド・グラスコフがドラムで参加しています。彼はドイツのプログレ・バンド、ヴァレンシュタインのドラマーでしたが、シュルツェの「イルリヒト」に「ぶっ飛んだ」ため、そこにドラムを入れたら素晴らしいものになると提案してきたそうです。

 その気になったシュルツェが彼をスタジオに呼ぶと「後はすべてがスムーズに進んだ」んです。シークエンサーのリズムに合わせて、あたかも自分がシークエンサーであるかのように叩く彼のドラムはなかなかの聴き物です。

 一晩で制作したというこの作品は、これまでの作品に比べると、使用機材が充実しているだけにプロフェッショナルな完成度の高いサウンドになっています。反復リズムが強調されていて、普通に考えるいわゆるシンセサイザー・サウンドになっています。

 一方、シュルツェはジャケットに面白いことを書いています。「このレコーディングでは長年通り抜けたかった扉を開いた...ロックだ」。何だろうと思いましたが、2曲目の「マインドフェイザー」で、自然音も交えた静かなシークエンスが一転するところに答えがありました。

 入り込んでくるドラムはまさにロックです。そして、そこに被せるシュルツェのサウンドもロックの響きです。これまでのシュルツェ作品の中でも最もロックを感じさせる作品となっています。ドラムが入るとやはり彼のロック魂に火がついたのでしょう。

 それまでのどこかちぐはぐな不思議なサウンド風景は後退していて、ロックの部分も含めてとても分かりやすいサウンドになっています。安心して、「浪漫主義的傾向とエレクトロニクス・サウンドが一つの頂点を見た」と言える作品になっています。

Moondawn / Klaus Schulze (1976 Brain)