この作品はドイツではブレイン、海外ではヴァージン・レコードのサブ・レーベル、キャロラインから発表されたクラウス・シュルツェの3枚目となるアルバムです。クラウスはヴァージンのリチャード・ブランソンからのコンタクトに契約を即決しています。

 その理由は当時のヴァージンがドイツの音楽に興味を持っていたからだけではなく、アイランドの傘下にあったからだと説明しています。それもアイランドが「偉大なレゲエ・アーティストの作品を沢山リリースしていたからだ」そうです。

 シュルツェとレゲエとは結び付きにくいですが、クラウスはボブ・マーレイとアイランド・レコードのカフェテリアでテーブル・サッカーをやったことがあると自慢していますから、本当にレゲエが好きなんでしょう。面白いエピソードです。

 この作品は、クラウス・シュルツェが初めて、ちゃんとしたシンセサイザーを使ったアルバムです。そして、ギターやボーカル、コンガやタブラなども使っていて、前2作に比べると圧倒的に多彩な音から構成されています。アヴァンギャルドな趣きは薄れ、随分聴きやすい。

 しかし、基本的には電子音で構成された長い曲3曲のアルバムです。イギリスの音楽誌は「これは研究調査が必要なアルバムだ」とか、「ぞっとするような不気味な音楽というべきか。疑い深い人は聴かない方が良いだろう」などと書きたてました。

 当時、こうしたサウンドはまだ珍しかったですから、いろいろと哲学的に解釈されたものです。「ブラックダンスは電子音楽作曲家の反人間性に対する挑戦であり、人間の声を使った本能的なバロックの手法による人生賛歌だ」。

 確かにクラウスは楽曲の中でオペラ歌手アーネスト・ウォルター・シーモンの声を使っています。彼はタンジェリン・ドリームのデビュー作録音時にたまたま同じスタジオでリハーサルをしていたのだそうです。その時にお願いして録音した歌声を使ったという次第です。

 クラウスは12弦ギターも使っていますが、「信じられないくらい良い音だった」ので「どこかで必ず使おうと思って実際そうした」ということです。今になって「ギターは外した方が良かったのではないかと思う」なんて言っています。

 要するにあまり深刻に考えているわけではありません。シュルツェの良き理解者クラウス・ミューラーも当時のイギリスの批評の中で一番気に入っているのは「もし君がペリー・コモやゲイリー・グリッターに夢中なら、無視してくれ!」だと語っています。

 クラウス・シュルツェにとっては音が全てですから、その響きに虚心坦懐に耳を傾けていれば良いだけです。ここでは、変化していくビートに即興で重ねられるフレーズ群を愛でていくのが楽しみの秘訣です。後のシュルツェほどは完成度が高くない分ごつごつしています。

 なお、長らく本作は次作「ピクチャー・ミュージック」よりも後に録音されていたと思われていましたが、ミューラーの調査によって実はそうではないことが分かりました。本作は1974年5月、次作は秋の録音です。正真正銘の3枚めです。

Blackdance / Klaus Schulze (1974 Brain)