ついにやってくれました。フューが声だけのアルバムを作りました。フューのようなアーティストは声だけで作品を作ったらどんなに凄いものが生まれるのだろうと多くの人が思っていたに違いありません。

 本人も、「声だけで作品を作れると思ったのは、1980年、はじめてのソロシングル『終曲』の録音時です」と言っています。このシングルやソロ・デビュー作は、名だたるアーティストがバッキングを務めています。それでも声だけのアルバムを考えた。いい話です。

 声だけの作品と言えば、ビョークの「メダラ」を思い出しますけれども、この「ボイス・ハードコア」はそれとは随分と様子を異にします。こちらはまごうことないフューのソロです。彼女の声とその声を加工した音だけで構成されたアルバムです。

 しかも、フューの「自室で普段ライヴで使っている簡素なエフェクター、ヘッドセット・マイクで録音しました」ということで、完全な宅録です。録音エンジニアすらいない正真正銘一人だけの宅録。集中したのでしょう、3日間のべ8時間前後で一気呵成に仕上がりました。

 ミックスとマスタリングを担当したのは、電子音楽チーム、ダウザーの長嶌寛幸です。「録音時の不要なノイズを取り、時にそのノイズを生かしながらの」作業にフューも満足した様子です。他人の手が入ったのはそこだけです。

 声によるさまざまな高さのドローン、叫び声などさまざまな音色のおかず的な声、そして語り。「変わった声、面白い声を出そうとする試みは、敢えて、自分に禁じました」ということですが、もう一つ。禁じた訳ではないでしょうが、いわゆる歌は歌っていません。

 「これまで聞いたことがない新しい響きを自分の身体だけを使って作る試み」だと本人が語っている通り、徹底して「響き」を追及しています。そのためには意味ある言葉は朗読調の語りにする方が確かに有効です。

 37年間温め続けてきたアイデアを制作に移したきっかけはツアー中に体調を崩したことにあるそうです。身体を壊すと人間は否でも自分の身体に向き合います。その時に、身体の外側にあるものごとが意味を減じるものです。咳をしても一人。

 事前に曲を作っていたわけではなくとも、「実際に作業に取り掛かってみると、アイデアが一気に溢れ出し」てきたそうです。37年間が噴出したのでしょう。自身のアイデアを実現するために37年間の「テクノロジーの進化と自身の経験」があったということです。

 ♪いいお天気でした♪、♪困っているのに困った顔にならない人がいます♪。大仰な言葉はどこにもなく、不条理というわけでもないのに、日常の非日常が現出します。フューの語り口は声も含めてまるで竿竹売りのようです。面白いです。

 元日とはいえ2018年発売なのに、イギリスのワイヤー誌は2017年のベスト50アルバムで23位にランクインさせました。長らく待っていた作品はやはり傑作です。エキセントリックでないところが素晴らしい。ずぶずぶと引き込まれる作品です。

Voice Hardcore / Phew (2018 BeReKeT)