クラウス・シュルツェはジャーマン・プログレの顔タンジェリン・ドリームの傑作デビュー作品に参加していましたし、同じくクラウト・ロックの大立者マニュエル・ゲッチング率いるアシュ・ラ・テンペルにも参加していました。ジャーマン・シーンを語る際になくてはならない人です。

 結局、バンドよりもソロを選んだ点で、同じタンジェリンのコンラッド・シュニッツラーに似ているところがあります。そして、彼と同様にシンセサイザーと出会い、エレクトロニクス音楽のマイスターとして後に多大な影響を残すことになりました。

 この作品はクラウスがドラマーとして在籍していたアシュ・ラ・テンペルを脱退した直後に制作された最初のソロ・アルバムです。この当時、クラウスはまだシンセサイザーを所有していませんでした。壊れたアンプとオルガンとカセット・レコーダーによる作品です。

 クラウスによれば、ベルリン自由大学のコロキアム・ムジカ・オーケストラのリハーサルに赴き、レコードを作っているので「どんなものでもかまわない。何でも良いので演奏して欲しい、とにかくサウンドが欲しいのだから」と頼み込み、リハーサルをただで録音させてもらいます。

 カセット・テープに録音したオーケストラのサウンドを逆回転させたり、何やかやエフェクトを掛けたり、さらに緩やかなインプロビゼーションによるオルガン・サウンドを加えたりしながらこの作品が出来上がっています。シンセではありません。

 彼が使っていたアンプは壊れていて、「ボリュームを上げると内部でフィードバックが起きてトレモロ効果が得られた」とか、「オルガンをそのアンプにつなぐと通常では得られないようなサウンドを出すことが出来た」とか、壊れ具合が最大限に効果を発揮しています。

 クラウス自身は、この作品をエレクトロニクス音楽というよりもミュージック・コンクレートに近いと言っています。ミュージック・コンクレートも電子音楽に違いありませんが、音響素材を加工して組み立てたという点からするとそう言った方がぴったりします。

 楽曲は三つの楽章からなる組曲1曲と言えます。第一楽章と第三楽章は20分を超える大作で、クラウスの大作主義が芽生えています。各楽章には章題がついていて第一が「平原」、第二が「雷雲(エネルギーの盛衰)」、第三は「流刑地シルス・マリア」です。

 シルス・マリアとはスイスにある村の名前で、フリードリヒ・ニーチェの避暑地として有名で「ニーチェハウス」があります。この題名や「録音したオーケストラの持続音や自分の音の変調が主だった『演奏』である」ことから、しばしばニヒリズムが引き合いに出されます。

 しかし、クラウス自身は、「文章を書くことと音楽を作ることは全く異なる表現方法だ」としていて、ニーチェの思想を曲にするなんていうことは毫も考えていません。そんな余計な意味づけをするのではなく、純粋に音を聴く事が重要です。

 アルバム一枚を通してこのような聴いたことのない恐ろしい音を連ねたことには驚嘆させられます。くっきりとしたビートは一切ないので、プロト・アンビエントとも言われます。ほのぼのしたところは一切なく、これはこれで地獄のアンビエントとでもいいましょうか。

参照:"Future Days" David Stubbs

Irrlight / Klaus Schulze (1972 Ohr)