私は横浜市に住んだことがありますけれども、港北区や鶴見区という神奈川カーストでは下位に位置する土地柄ですから、横浜に住んだという実感はまるでありません。ディープ横浜は関西出身の田舎者にとっては近づく事すら恐ろしい土地です。

 横浜とジャズはとても相性が良いです。しかし、そんな風に思ってしまう裏には大変な努力があったのだと初めて知りました。戦後、進駐軍によってもたらされたジャズ文化を再び取り戻し、横浜ジャズ協会、横浜ジャズプロムナードを立ち上げたのは鶴岡博です。

 戦後の横浜の中心地で育った鶴岡は、次第に失われていった原風景を取り戻そうと1984年にジャズ・ライブ・レストラン、バーバーバーを立ち上げます。「武士の商法」ながら、居心地の良い空間は多くの支持を集め、しっかりと根を張っていきました。

 そうして25年。「レーベルでもと元来の『軽さ』から発想でスタート」したのが、店名を冠した横濱バーバーバー・レコードです。その第一弾作品が、ジャズ・ラテン歌手MAYAによる「ワンス・アポン・ア・タイム」です。

 MAYAは「ジャンル、言語(9か国語)、スタイルに捉われない独自の世界観で注目されているシンガー。ジャズ・ジャパン・アウォードなど各賞多数受賞。アルバム15作品リリース」の歌う豆腐マイスターです。年齢は不詳ですが、美しい女性シンガーです。

 この作品はMAYAにとっては9作目(?)に当たる作品ですが、プロデューサーとして名を連ねている鶴岡のプロジェクトといった方がよさそうです。店づくりの原点となった「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」をコンセプトに横浜の原風景を表現した作品なんです。

 「その雰囲気をもっとも顕著に表現できると思われるMAYAをメインに当店に係わり深い山本剛、大隅寿男、河原秀夫を擁し、更にYokohamaテイストとしてミッキー吉野の参加を得てのものとなり意図しているメッセージを構築することが出来ました」。

 その心意気を受けて、MAYAもライナーノーツには横浜のことと鶴岡のことしか書いていません。それも「ワンス・アポン・ア・タイム・・・過去のお話にはしたくないステキな今がここにあります」と綴っている通り、愛に満ち溢れた気持ちの良いノートです。

 選曲された曲は、トム・ウェイツの「テンプテーション」、誰のとは言い難い「悲しき願い」、ゾンビーズの「二人のシーズン」などのポップスから、UAバージョンの「アントニオの歌」、「黒いオルフェ」などのラテン、「ブルー・モンク」、「オール・オブ・ミー」などのジャズまで幅広い。

 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」そのものの「アマポーラ」もあって、ブルックリンと横浜の原風景が重なってきます。一曲ラテンのスタンダード「アドロ」だけは過去のMAYA作品からのリマスター収録です。何か面白い事情がありそうです。

 「音楽家は他のことを何も心配せず、ただ音楽のことだけを真剣に考えてやればいいんだ。そのために自分は演りやすい場所を提供するんだから」という鶴岡にこたえて、大そう気持ちよく演奏するミュージシャン達。気持のいい作品です。横浜は相変わらず遠いのですが。

Once Upon A Time / MAYA (2009 BarBarBar)