「フルトヴェングラーの手と腕は円を描くように動き、直線的な動きはしない」。そのことが「機械的な正確さではなく、もっとずっと素晴らしい有機的な正確さに結実している。まるで生きた体に全てのパーツがぴったり収まっているかのような」。

 ジャケットに添えられたオーケストラの楽団員の言葉です。門外漢からすると意外な言葉です。フルトヴェングラーというと厳しい顔つきですし、ゴリゴリとした質実剛健、むしろわき目もふらず直進するイメージでしたが、これは修正しなければいけません。

 このアルバムは、ドイツのロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマンの「交響曲第4番ニ短調」をフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が演奏したものです。CD化に際してハイドンの交響曲第88番がカップリングされました。

 この第4番は、シューマン31歳の頃の作品で、愛妻クララの22歳の誕生日にプレゼントされました。クララは何度も映画にも取り上げられていますし、宝塚の演目にもなった女性ですから、お誕生日プレゼントというだけで一気に楽曲も華やかな感じがします。

 ただ、お披露目の演奏会は、クララ自身や当時人気絶頂だったリストのピアノ演奏が同じプログラムに入っていたため、この曲自体は目立たないという皮肉な結果に終わってしまったそうです。そのため、出版は中止となり、10年後に改訂されることになります。

 改訂版の初演は自身の指揮で行われました。今回は評判がよろしかったようで、無事に出版されましたが、当初第2番だったのに、結果的に第4番になってしまいました。せっかくのお誕生日プレゼントなのに一旦引っ込めていたわけですね。

 この交響曲の名盤は何かと問われると、1953年録音のこの作品が必ず挙げられます。「シューマンの4番と言えばフルトヴェングラー」と言われるのだそうです。モノラル録音ですけれども、音質も素晴らしいです。当時のポピュラー音楽の録音とは全く違います。

 ロマン派という言葉が目の前を飛び交うような優美であると同時に情熱的なサウンドです。カップリングにハイドンを持ってきたのはその対比を際立たせるためでしょうか。ハイドンのいかにも古典派然としたきっちりした響きに比べ、柔らかいこと柔らかいこと。

 そのハイドンの交響曲第88番は、「V字」、レターVの愛称がついているそうです。ハイドンのカタログ分類によるものだそうで、内容とは何の関係もない。Vだから愛称たりえたんでしょう。PとかLだと何の面白味もありません。

 ハイドンの交響曲は1951年12月に録音されています。指揮者と演奏者が同じで時期が近い、しかも時間もちょうど1枚に収まるということでカップリングに選ばれたのでしょう。加えてシューマンの4番ほどは名盤扱いされていない。ぴったりです。

 こちらのフルトヴェングラー&ベルリン・フィルは私のイメージに近いです。ほっとしますが、シューマンで目から鱗が落とされたので、やや物足りなくも感じます。「シューマンの4番と言えばフルトヴェングラー」。このフレーズをしばらく唱えていたいと思います。

Schumann : Symphony No.4, Haydn : Symphony No.88 / Wilhelm Furtwängler, Berliner Philharmoniker (1953 Deutsche Grammophon)