「解剖台の上でのミシンと蝙蝠傘の偶発的な出会い」は19世紀フランスの詩人ロートレアモンの「マルドロールの歌」の一節です。シュールレアリスムの看板のようになった言葉ですから、結構人口に膾炙しています。

 そんなフレーズをタイトルにしたアルバムは、「すべてのアヴァンギャルド、ノイズ、サウンド・アート・ファンに捧ぐ説明不要の金字塔的名作」、こんなに長く活動を続けるとは当時誰も思っていなかったナース・ウィズ・ウーンドのデビュー・アルバムです。

 ナース・ウィズ・ウーンド、略してNWWはスティーヴ・ステイプルトン、ジョン・フォターギル、ヒーマン・バサックの三人からなるイギリスのバンドでした。しかし、直にスティーヴのソロ・プロジェクトとなりますから、バンドだったと聞いて驚く人も多いかもしれません。

 スティーヴとヒーマンはロンドンの学校で知り合っています。二人は、長い曲が入っている、ボーカルがない、変なジャケットである、この三つの条件を満たす変なレコードを求めてロンドン中の中古レコード屋を彷徨います。その過程でジョンとも知り合っています。

 やがてイギリスだけではなく、フランス、イタリア、ドイツと足を伸ばしてレコードを買い漁りました。レコードを店からだまし取ったとして罰金を科せられたのは若気の至り、とにかく熱心に変わったレコードを集めたことが分かります。

 スティーヴは看板屋として音楽スタジオで仕事をした際に、スタジオ・エンジニアに気に入られて、スタジオが休みの時に使用を許可されます。バンドをやっていると嘘をついたスティーヴでしたが、ジョンとヒーマンに声を掛け、3人で制作したのがこのアルバムです。

 「楽器を買ってきてくれ」と頼んだくらいで、音楽好きの彼らですが、楽器など弾いたこともなく、スティーヴは「ガラクタを片隅に積み上げ、ジョンはギターを床においてその上にねじをぶちまけ、トイレ・ブラシであちこち叩き始めた」そうです。30秒後には録音が始まりました。

 出来上がった作品はユナイテッド・デアリーズなる自主レーベルを立ち上げて、そこから500枚限定でリリースされました。半分冗談だと本人たちも言っていたそうですが、DIY音楽の最たるものでもあり、ポスト・パンク期のイギリスですから大いに評判となりました。

 日本にもその名は聞こえてきて、ノイズ、アヴァンギャルド系のシリアスなバンドだと捉えられていました。当時は私もそう思っていましたが、改めて聴いてみると、際立ったビートもないノイズまみれの音なのに、飄々とした明るさがあって、気持いいです。

 面白いのはスタジオ・エンジニアのニッキー・ロジャースのゲスト参加です。ギタリストでもある彼は本格的なギターを弾いていてこれが完全に浮いています。その超然としたところが大変素敵です。ノイズで爽やかにすかっと気持ち良くしてくれるとは稀有な人たちです。

 なお、この作品には彼らが気に入ったアーティストの名前をずらずらと列挙したリストがついています。NWWリストと呼ばれ、後に改訂を重ねてアヴァンギャルド・ファンのバイブルとなります。このリストだけでいくらでも書けます。日本からはオノ・ヨーコがリスト・アップ! 

Chance Meeting On A Dissecting Table Of A Sewing Machine And An Umbrella / Nurse With Wound (1979 United Dairies)