「絡み合う魅惑の軌跡。美しき姉妹による父ラヴィ・シャンカールへのオマージュ」とされたのは、クラシックの名門ドイツ・グラモフォンからの2作目となるアヌーシュカ・シャンカールのソロ・アルバムです。「姉妹」、そうです。ノラ・ジョーンズも3曲に参加しています。

 アヌーシュカのこれまでのアルバムは、最初の3作が古典音楽、「ライズ」が古典からの逸脱、「水の旅」がエレクトロニクスとの共演、「トラベラー」がフラメンコとの邂逅と、それぞれ音楽的なテーマが比較的はっきりしていました。

 それに対して、本作品では音楽の形ではなく、「人生という旅を掘り下げるアルバム」です。その背景には2012年12月に亡くなった父ラヴィ・シャンカールへの想いがあります。これまで外に向かっていたベクトルが内側を向いたようです。

 彼女が本作でプロデューサーに選んだのは英国で活躍するアーティスト、ニティン・ソーニーです。彼らは尊敬する友人同士ですが、ちょうどこの頃彼もアヌーシュカ同様に父親が帰らぬ人となっており、このアルバムの想いを共有するにはこれ以上ない人選でした。

 アルバムは「ザ・サン・ウォーント・セット」で始まります。ラヴィはサンスクリットで太陽のこと。「父を手放したくない気持を表現する手段」となった曲は、ニティンのギター、アヌーシュカのシタール、ノラ・ジョーンズのボーカルが極めてパーソナルな響きで絡み合います。

 これまでのアヌーシュカのシタールは古典の人らしく、力強く主張する音でしたけれども、ここでの極めてシンプルなインドらしくない音には驚きました。太陽が沈もうとしている傍らに立つ者の哀感が漂います。ノラのボーカルも虚ろを抱いています。

 最後の曲「アンセド」ではノラ・ジョーンズが書いたメロディーがラヴィ・シャンカールの「大地のうた」に酷似しています。ノラ自身は「大地のうた」を聴いたことがなかったそうで、ここには父のトレース、軌跡が残されているのでしょう。 

 アヌーシュカは「ありがちな東洋と西洋のクロスオーバー作品にはしたくなかった。」と語っています。彼女は以前から、エキゾチック扱いを嫌っていて、「そういう余計な説明を必要としない音楽」を目指していました。このアルバムではそれは成功したと言えるでしょう。

 音楽的な冒険が意識されているわけではなく、インド古典音楽もエレクトロニクスも新しい楽器も西洋的なポップ・ミュージックもすべてが自然に溶け合って、とてもシンプルで上質なサウンドが生まれています。これなら余計な説明はいらないでしょう。二ティンの力も大きい。

 アルバムは悲嘆に暮れてばかりいるわけではありません。21世紀にギリシャで生まれた打楽器ハングの金属質の音色やピアノ、ギターにインド古典楽器を交えて前向きなサウンドが展開して秀逸です。「聴いたあとで、安らぎを感じてくれたら素晴らしいわ」。感じます。

 一方、アルバム中の「イン・ジョティズ・ネーム」は性暴力の被害者となったインド人女性をテーマにした力強い曲です。アヌーシュカ自身も、#MeToo以前から自らの体験を告白し、立ち上がっています。このメッセージはしっかりと受け止めなければなりません。

Traces of You / Anoushka Shankar (2013 Deutche Grammophon)