英国パンクを題材にフィクションとしての小説を描いたとしたら、仕上がりはスティッフ・リトル・フィンガーズの物語とほとんど変わらないのではないかと思われます。それほど彼らは人々が期待するパンクのストーリーを生きた人たちです。

 舞台はベルファスト。「血の日曜日」事件が過去に成りきっていない、不穏な空気を抱える北アイルランドです。ハイウェイ・スターなるベタなハード・ロック・バンドをやっていたジェイク・バーンズ青年と仲間達はピストルズ、ダムド、クラッシュの洗礼を受けてパンクに転向します。

 決定打はクラッシュのデビュー・アルバムだったとジェイクは語ります。クラッシュのジョー・ストラマーは「ロンドンで過ごした彼自身の人生を歌にしていた。そのことに気づいた時はとてつもない衝撃を受けたよ」。あたかも浮世絵に衝撃を受けた西洋画家のようです。

 彼らはやがて自主制作でシングルを発表すると、ジョン・ピールの注意を惹き、彼がラジオでヘビロテしたもので、彼らの名前は北アイルランドのみならず、イギリス全体に広がっていきます。その勢いにアイランド・レコードからオファーを受けてデモを作成します。

 しかし、アメリカで売れないと判断したオーナーのクリス・ブラックウェルはこれを破談にしてしまいます。大手に裏切られた彼らを救ったのは、レーベルを起こしたばかりのラフ・トレードです。この作品は記念すべきラフ・トレードのレーベルとしての初アルバムでもあります。

 同時期に飛ぶ鳥を落とす勢いだったトム・ロビンソン・バンドのツアーをサポートする幸運にも恵まれます。サポートは参加費を払うのが普通ですが、「彼らは俺たちに出費を求めないばかりか、ギャラまで出してくれると言った」と大いに感謝しています。

 メンバーもレーベルもアルバム制作に不慣れだったために、オーバーダブは最小限にとどまりました。それがかえって良かった。彼らのパンクな魅力をそのままレコードに真空パックすることに成功しています。どこからどう聴いてもパンクです。

 「ホワイト・ノイズ」では英国のアイリッシュ差別を歌い、「オルタナティヴ・アルスター」では♪俺達の手でアイルランドを変えよう♪と歌うなど、政治的状況が身近に迫る北アイルランドのバンドならではの視点で極めて自然にパンクしています。

 しかし、そこは元ハイウェイ・スターの若者です。サウンド自体は深刻になることなく、高速リズムで一気呵成に攻め立てながら、ポップさを失わずに爽快感を感じる仕上がりになっています。パンク第二世代を代表する音で、グリーン・デイまで連なるザ・パンクです。

 英国ではトップ20入りするヒットになりました。インディー・レーベルとしては初のトップ20ということですが、かつてのヴァージンの扱いはどうなのかやや疑問です。いずれにせよ、イギリスの若者の心をとらえた素敵なバンドの渾身のデビュー作です。

 このパンク30周年紙ジャケ再発は愛に溢れた仕様です。ボーナスにジェイクの17分に及ぶインタビューが収録されていますが、これが英日両方でブックレットに全文掲載されています。これは本当に素晴らしい。東芝EMIとストレンジ・デイズに感謝いたします。

Inflammable Material / Stiff Little Fingers (1979 Rough Trade)