水の中で息をする。何やらヨガの修行にありそうな話です。アヌーシュカ・シャンカールの5枚目のアルバムはニューヨーク在住のインド人アーティスト、カーシュ・カレとのコラボレーションです。日本の公式サイトなどではカレが無視されていますが、これはコラボ作です。

 カーシュ・カレはパーカッション奏者にして、プロデューサー、コンポーザー、DJとしてクラブ音楽シーンで活躍するマルチタレントなアーティストです。前作「ライズ」のボーナスCDでもアヌーシュカ作品をリミックスしていました。

 アヌーシュカはロンドン生まれですし、二人とも海外で活躍するノン・レジデント・インディアンです。こういう人たちのサウンドをエイジアン・アンダーグラウンドとかエイジアン・マッシヴと称することがあります。しかし、アヌーシュカはそう呼ばれるのが嫌いだと言います。

 エイジアンを呼称することによって、メインストリームとして受け入れずにエキゾチックとして処理してしまうそのやり方が気に食わないということです。そもそも、ここでの彼女の洗練されたサウンドはニューヨーク生まれですし。

 前作はサバティカルの途中に、たまたま古典音楽の軛を外れて、アルバムを作ってしまったという偶然の要素がありましたけれども、今作では心が定まったのか、カーシュ・カレを相棒に堂々と正面から見事なサウンドを創りあげました。

 プロデュースはアヌーシュカとカーシュ・カレ、そして前作同様ニューデリーのエレクトロニカ・デュオ、ミディヴァル・パンディッツのゴーラヴ・レイナによって行われました。さらに今回はボリウッドの作曲家サリム・マーチャントが共同プロデューサーにクレジットされています。

 サリムはオーケストラ・スコアに定評がある人で、この作品ではボリウッドのオーケストラを連れての参加です。このオーケストラはビョークのアルバムにも参加していました。独特の音色にファンの多いオーケストラです。

 ゲスト陣が豪華です。まずはスティングが1曲彼らしいボーカルで参加しています。そして大きな話題はノラ・ジョーンズとの姉妹共演です。こちらも1曲ですが、二人とも頑固なのでまわりは結構ひやひやしたそうです。両方の良さがうまく引き出された曲になっています。

 偉大なる父ラヴィ・シャンカールも登場します。まずはサリムのオーケストラをバックにソロ、そしてバンドが加わってアヌーシュカとのデュエットになります。父の太い音とアヌーシュカの華麗な音との対比が面白いです。

 さらにボリウッドのプレイバック・シンガー、スニディ・チョーハンやシャンカル・マハデヴァン、イスラエルのノア・ランバスキー、カレのバンド名とのヴィシャル・ヴァイドなどなど。しかし、あくまで主役はアヌーシュカのシタールです。前作よりクラブ寄りながら繊細な音色は素晴らしい。

 大らかなサウンドにゆったりと至福の時間が流れます。しかし古典からの逸脱はインドでは大事件です。アヌーシュカはあちこちで聞かれています。父親もこの作品を気に入ってはいるけれども複雑な思いだそうです。こんな素晴らしい作品なんですからいいじゃないですか。

Breathing Under Water / Anoushka Shankar & Karsh Kale (2007 Saregama)