私が最も敬愛する作家ボリス・ヴィアンはデューク・エリントンが大好きでした。彼は「この世の中で美しいものは綺麗な女の子との恋愛とデューク・エリントンの音楽だけだ」という言葉を残しています。この言葉を反芻しながら「うたかたの日々」を読みふけったものです。

 とはいえロックばかり聴いていたので、エリントンの音楽に本格的に向き合うようになったのは随分後のことです。その時には長い間探していた人にようやく会えたような気がしました。ボリス・ヴィアン全集を通して十分な知己になっていたのです。

 そんな事情ですから、私にとってのエリントン像をくっきりと表してくれているのは、若い頃の作品よりも大権威となってからの作品です。グラミー賞に輝いた、この「女王組曲」などはぴったりです。功労賞をもらった後の作品ですし。

 「女王組曲」が邦題ですが、この作品は表題曲の他にグーテラス組曲、ユーウィス組曲を合わせた「エリントン・スイーツ」なる組曲集です。女王組曲は1959年の録音、グーテラス組曲は1971年、ユーウィス組曲は1972年の録音と足掛け13年のエリントンです。

 エリントンは1958年に英国での芸術祭に招かれて渡英し、エリザベス女王に謁見します。帰国後、その感激を曲にしたのが「女王組曲」です。1959年2月から4月にかけて、彼のオーケストラとともにニューヨークで録音しています。

 しかし、エリントンは1枚だけプレスしてエリザベス女王に献上し、一般販売を許可しませんでした。ようやく陽の目を見たのは1974年に彼が亡くなってからのことです。何とも素敵な話ではありませんか。デュークにのみ許される行為です。

 芸術音楽と大衆音楽の境目を進む優美な調べは女王にこそ相応しい。ほぼピアノ・ソロとなるのは「薔薇の花弁ひとひら」とでも訳しましょうか。この上ない美しさです。同時に「蛍と蛙」、「猿と孔雀」と出てきて、陛下を存分に楽しませてもくれます。素敵です。

 カップリングされたのは、アルバム発表時点で比較的新しい作品となる二つの組曲です。「グーテラス組曲」はフランスにあるグーテラス城の修復落成式に招かれた時の感動を組曲にしたものです。最初と最後に「ファンファーレ」があるのは落成式ならではです。

 「ユーウィス組曲」はウィスコンシン大学で1972年に行われたエリントン祭にちなんで作曲されたものです。エリントンは4文字綴りに凝っていたのでこういう名前になったそうです。日本人だったら四文字熟語を使うところです。

 しかし、イベントに参加するたび、頼まれもしないのに曲を作ってくれるなんて、こんなにありがたいことはありません。イベントがらみですから曲も分かりやすいですし。これでは、エリントン楽団に声をかけないわけにはいきません。

 とまあこの作品では横綱相撲が展開されるわけです。ジャケットの秀逸なイメージといい、もはや私などが何を申し上げることがありましょうか。楽団のメンバーも大幅に入れ替わっているものの、どちらも変わらず貫禄の演奏を繰り広げます。さすがはレジェンドです。

The Ellington Suites / Duke Ellington and his Orchestra (1976 Pablo)