こんなに待ち望んだアルバムも珍しいくらい、心待ちにしていました。密やかに愛していたバンドですから、発売された時は嬉しかったです。しかも当時のラフ・トレードは日本盤も速やかに発表するという嬉しい仕様です。

 CD再発にあたってライナーを書いているのはヴードゥー・クイーンズとマンボ・タクシーのメンバーです。この両バンドは90年代にアメリカで起こった女性によるパンク・ムーヴメント、ライオット・grrrlのバンドです。レインコーツに影響を受けていたのでした。

 レインコーツはパンクの精神を純粋に実践したバンドではありますけれども、そのサウンドは典型的なパンクからは程遠い。ですから、そんなムーヴメントに作用していたとは意外な気がしてしまいます。しかし、スピリッツはまさにそれ。

 レインコーツは女性ばかり4人組でしたが、本作ではドラムにリチャード・ドゥダンスキー、パーカションにデレク・ゴダードを迎えて男女混合のバンドになりました。リチャードはもともとレインコーツのメンバーでしたが、パルモリヴを推薦して女性バンドを勧めた立役者です。

 ヴィッキーは本作品に影響を与えたものとして、シック、アフリカ音楽、アブドゥラー・イブラヒム、ファンク、ケイジャン、レゲエ、ギター・ベースのポスト・パンクを挙げています。もとより無数の影響の結果だとしていますから、これに留まらない。

 その結果としてのスタイルと形式が行くところまで行ったのがこの作品だという自己評価です。前作に比べると、極めて音楽的になりました。音楽的な洗練が一気に進んだので、スタイルの上では前作にあまり似ていないとも言えます。

 こういうDIYバンドの場合には音楽的な洗練は大ていつまらない方向に結果に終わるものですが、彼女たちは違いました。前作は前作で完璧なのですが、これはこれで素晴らしい。サウンドから伝わる儚さはそのままに華麗な音を創りあげています。

 サウンドには自信が漲っており、メンバーが増えたバンドはよりタイトなアンサンブルになりました。しかし、それが良くなかったのかもしれません。アルバムを発表した時にはすでにメンバーは別の道を歩み始めており、結局、レインコーツは解散してしまいました。

 私はこのアルバムが大好きで、それこそ何度聴いたことか分かりません。しかし、このCD再発はどうしたことでしょうか。買ってみて愕然としてしまいました。元のLPは12曲入りでしたが、そのうち3曲がカットされ、シングル曲「ノー・ワンズ・リトル・ガール」が加わっています。

 加える分はよしとしましょう。これは力作ですし。しかし、カットするとは。しかもカットされた「ドリーミング・オブ・ザ・パスト」は私が最も好きだった曲です。CDには説明はありませんが、どうやらリチャード・ドゥダンスキーがらみの模様です。

 何よりもジャケット絵からリチャードが消えて3人になりました。カットされた3曲はリチャードがリード・ボーカルの曲か深くかかわった曲です。ガールズ・バンドであるということを強調したかったのかどうか。もしそうだとすれば彼女たちが最も望んでいなかったこと。残念です。

Moving / The Raincoats (1984 Rough Trade)



カットされた問題の曲