富田勲は日本で初めてシンセサイザーを個人購入した人です。1971年のことで、当時は楽器と認知されず、通関に苦労したそうです。私も1986年にインドにCDを個人輸入しようとして税関でもめたことを思い出しました。

 すでにプロの作曲家として手塚治虫のアニメ音楽や有名な「きょうの料理」のテーマなどを作曲していた富田は、シンセサイザーとの出会いで世界に羽ばたくことになります。時代を画した「月の光」は世界を驚かせました。

 この作品は1976年に発表された富田シンセ・サウンドの第四弾です。題材はホルストの組曲「惑星」です。ビルボードやキャッシュボックス誌のクラシカル・チャートでは1位を飾り、世界のトミタ健在を示したものです。

 ホルストの「惑星」は長らく一切の改変を許さないという故人の遺志が貫かれていましたが、本作品では、制作関係者の熱意でもって遺族を説得し、合法的に認知されたと言いますから、これまた画期的な作品なわけです。

 まだまだシンセサイザーが珍しかった時期でしたから、シンセを見せもの的に使ったり、わざわざ楽器の音を真似て使ったりと、いわばシンセに使われている人が多かった中にあって、富田の「シンセサイザーは工具に過ぎない」という姿勢はさすがです。

 「自分に浮かんだある構想を現実の音にして構成するための道具としてシンセサイザーを使用しているのである」。それが証拠にシンセ以外の音も普通に使う。ここではオルゴールやメロトロンなども使われます。

 宇宙飛行士との無線による会話は、シンセの音を「カセットにコピーして富士山の五合目まで行きトランシーバーにより空中に発信したものを伊豆スカイラインで車を走らせながらキャッチした」のだそうです。他の電波やノイズとのモジュレイション効果を利用したと。

 凄い執念です。こんな風にして全編が仕上がっているわけですから推して知るべしです。まるで隅々まで富田の意思が詰め込まれていて恐ろしいまでです。細部に耳を傾ければ傾けるほどにその凄味が伝わってきます。

 一方で、全体の構成もまた考え抜かれています。ホルストの「惑星」自体が一つの世界を構築していましたが、富田はそれをほとんど忠実にシンセを用いて再創造しています。惑星を分解してそれぞれを磨き込みながら再度オリジナル通りに組み立て直す作業です。

 その結果はトミタ・ワールドが全開となり、さらにドラマチックに壮大なフィクションの世界を構築することに成功しています。さながらこの作品が一つの惑星となって、太陽系を巡っているかのようです。シュワシュワしたシンセの音が何と格調高いことでしょう。天上の音楽です。

 「従来のレコードからは全く考えられない音の拡がり」とあるように、アルバムの聴こえ方自体にもとことんこだわっています。フィジカルな体験としての音楽がここにあります。クラブ・ミュージックとも親和性が高いのではないでしょうか。

The Planets / Tomita (1976 RCA)