ニール・ヤングはベスト・アルバムとなる「ディケイド」に自筆で、「『孤独の旅路』で道の真ん中に立つことになった。そこは飽き飽きするところだったから、どぶに向かったんだ」と書きました。ディッチですから「どぶ」と訳してみました。どうでしょう。

 このことから、この作品と「タイム・フェイズ・アウェイ」、「今宵その夜」をまとめて「ディッチ・トリロジー」すなわち「どぶ三部作」と呼ぶ慣わしです。発売順ではこれが真ん中ですけれども、制作順ではこの作品が三部作のトリを飾ります。

 ヤングは「今宵その夜」を制作した後、同じバンドを従えてツアーに出ています。そして、取り憑かれたかのようにレコーディングを進めていきます。その成果がこのアルバム「オン・ザ・ビーチ」です。当時の邦題は「渚にて」でした。人類最後の日を描いた小説と同じです。

 実はその成果としてもう一枚「ホームグロウン」なる幻の作品があります。当時のヤングの精力的な仕事ぶりが偲ばれます。しかし、それにしては高揚感とは無縁です。「今宵その夜」から引き継いだささくれた空気が充満しています。

 核となるバンド・メンバーはクレイジー・ホースのドラマー、ラルフ・モリーナ、ストレイ・ゲイターズの二人、ベースのティム・ドラモンドとギターのベン・キース。こじんまりしたユニットで力強い演奏を繰り広げます。

 そしてゲストには、グラハム・ナッシュとデヴィッド・クロスビーのCSN&Y仲間、ザ・バンドのリズム隊リック・ダンコとレヴォン・ヘルムという大物が目につきます。さらにライナーノーツに解読が難しい文を寄せたラスティ・カーショウもスライド・ギターとフィドルで参加しています。

 しかし、全体に和気あいあいとした雰囲気はなく、酔いどれた「今宵その夜」に比べるとちゃんとはしていますが、ざらついています。今回はお酒ではなく、ハニー・スライドと呼ばれるドラッグが原動力となったようですし。

 アルバムの中では、決して伝統的なブルースではないブルース三部作が目立ちます。殺人犯チャールズ・マンソンを歌った「レヴォリューション・ブルース」、英国のトラッド歌手バート・ヤンシュにならった「アンビュランス・ブルース」に業界を皮肉る「ヴァンパイヤ・ブルース」です。

 ザ・バンドの二人による力強い演奏も映えていますから、決してガレージっぽい印象はなく、きちんと重苦しいです。そこがこのアルバムを傑作たらしめているところなんではないでしょうか。歌詞も深読みができそうです。

 パーソナルな側面ではガールフレンドのキャリーとの別れが反映されています。「モーション・ピクチャー」はそのキャリーに捧げる歌です。ヤングの作品はいずれもその時期その時期での心情を直截に吐露するものです。キャリーへの想いが胸に迫ります。

 変なジャケットはファンには人気の高いものです。砂に埋まったキャデラック、ニクソン大統領に辞任を迫る新聞記事、裸足のヤング。謎解きの楽しみが多い。日本では「今宵その夜」の人気に圧倒されていますが、「どぶ三部作」の最高傑作との声もある名盤です。

参照:"Neil Young : Heart of Gold" Harvey Kubernik

On The Beach / Neil Young (1974 Reprise)