初音ミクも歌が上手くなったものです。もともと音程とリズムの正確さでは定評があったミクさんですが、デビュー10周年を迎えて、課題だったスラーも克服してきました。舞台もこなし、経験を積んでまたひと回り大きくなりました。

 大変喜ばしいことではありますけれども、少し残念な気もします。あたかもアナログ・シンセサイザーの音に魅力を感じるようなものです。あのボカロ然としていたボーカルには独特の魅力がありました。あれはあれでレパートリーに残しておいてほしいものです。

 そんな長足の進歩を遂げて、前人未踏の地を進む初音ミクが、「手塚治虫と冨田勲の音楽を生演奏で」歌う企画盤です。手塚先生生誕90年、富田先生生誕85年、初音ミク生誕10年を記念しての企画だとミクさんが説明しています。

 生演奏しているのは、佐藤允彦です。佐藤はジャズ・ピアニストとしても有名ですが、手塚作品「ユニコ」の音楽を担当していますし、第1作と第2作を富田が手掛けた虫プロのアニメラマ第3作を手掛けていますからこの企画にうってつけの人材です。

 演奏するのは佐藤に加えて、ベースに加藤真一、ドラムに村上寛。このトリオが基本です。そこにラテン・パーカッションの岡部洋一が花を添えます。至って小ぶりのコンボで、ミクさんの歌がとても自然に聴こえます。できるだけエレクトロニクスを排除しているようです。

 選ばれた楽曲は7曲で、作品としては、「リボンの騎士」、「ジャングル大帝」、「どろろ」の三作だけです。最後にスペシャル・エンディングとして「すべての手塚作品へ敬意を。初音ミクより、ラップに乗せて」を置くことで手塚作品を網羅しようという構成です。

 この他に「初音ミクTALK」が5種類同報されていて、アクセントに訛りがある初音ミクが定番ギャグを交えながらナビゲートしています。ここには、本作品の監修をしている辻真先、手塚の長女るみ子もゲストとして登場します。

 このTALKが曲者です。昔ならいざしらず、音楽CDではこうしたトークを交えたバラエティー構成というのは稀です。しかもトークの内容は手塚伝説、富田伝説が中心ですから、まんまNHKのバラエティー番組をみているような気になります。

 付属のブックレットにも辻真先による若者啓蒙トークがあからさまに展開されています。まあこれはこれでよろしいわけですが、私の世代はターゲットに入っていないわけであるなと少し寂しい気も致します。あえてこういう構成を選び取ったのでしょうが。

 初音ミクの他に重音テトもボーカルで一部参加していて、こちらも達者な歌を聴かせてくれます。佐藤カルテットの生演奏と一緒でもまるで違和感がありません。ボカロの世界はこれまでとは異なる展開に進みそうです。歌手に取って代わるかもしれませんね。

 富田勲は生前、初音ミクと共演しています。あえてオーケストラとコラボした鳥肌ものの「リボンの騎士」でした。そちらは王女編、こちらは王子編、聴き比べると面白いです。どちらの初音ミクが好きか、意見は分かれるでしょうが、私は王女編の空気の方が好きです。

Sato Masahiko / Hatsune Miku Sings Tezuka Osamu to Tomita no Ongaku wo Namaensou de (2017 DENON)