須山公美子はよほど夢が好きらしいです。前作に引き続き、本作品のタイトルにも夢が入りました。「夢のはじまり」。セカンド・アルバムに「はじまり」の文字が踊るところにも小粋なセンスを感じます。ジャケット写真といい、1986年をレトロに封じ込めました。

 自主制作時代のけったいなバンドの一つ、すきすきスイッチの佐藤幸雄は関西ツアーに行った際に出会った須山公美子と東京で再会しました。ある企画で須山がアコーディオンと声だけで「地下室に『うた』を満たした」ことで佐藤は「惚れ惚れします」。

 やがて二人は演奏を共にするようになり、そのライブ録音をもとにアルバムを作ることになりました。演奏するメンバーは佐藤がひとりひとり声を掛けたのだそうで、前作の大学仲間とはまるで違うプロフェッショナル揃いです。

 佐藤の「彼女の歌の魅力を最大に生かすアンサンブルは最小のユニットと最少の処理とで成立するものであるべき」との思いは、この作品を通しても貫かれており、隙間の多い繊細な演奏と須山の歌声がベストな組み合わせとなっています。

 その演奏も、弦楽四重奏もあればチンドンもある。さまざまな表情を見せるサウンドはアナログな手触りだけは共通しています。その手触りがどんどん歌のお姉さん的になってきている須山の歌声とあいまって、昭和歌謡戦前篇といった趣を漂わせます。

 須山と佐藤のステージでは、時に戦前歌謡のスター「二村定一の『アラビアの唄』をかけて一緒に歌うだけ」だったり、松尾和子の「再会」を「佐藤の無調のオルガンのノイズに、須山のアカペラだけ」で歌ったりと、昔の歌謡曲を意識していたことは間違いないようです。

 曲名も「新しい大陸」、「空中ブランコの唄」、「東京一の軽業師」などと戦前歌謡的な感覚です。中でも「月夜の真空管」には唸ります。この頃はまだ真空管がかろうじて生きていた時代です。この曲もフランスで紹介されたようです。

 演奏者の中で注目されるところでは、パンゴやじゃがたらにいた篠田昌巳、音楽評論家の竹田賢一、ヴィオラ・リネアの迎良久、篠田の企画「東京チンドン」に参加していた高田宣伝社の高田光子・千代子などでしょうか。

 佐藤は「実に不思議な釣り合いで、演奏が歌の周りを飾ることができている」と自画自賛しています。それをさらに確かなものにしているのは、藤井暁のエンジニアリングです。そもそもこのアルバム再発は藤井暁の作品を探訪するシリーズで実現しました。

 インディーズどころかメジャーでもないほどの素晴らしい音の良さは藤井の手腕です。細心の注意を払った上で、特別な幅の大きなテープに倍速録音したものだそうで、須山の清く正しい歌声をこれほどリアルに再現できているのは凄いことです。

 ファースト・アルバムとはまたまるで違ったサウンドを背景に、歌声も一段ギアが上がりました。アコーディオンの響きも麗しく、須山は夢に溢れた清く正しい昭和を描き出します。♪先に眠った方が相手の夢を訪ねてゆくのよ♪、素敵です。

お詫び:長らく名前を誤入力しておりました。ご指摘を受けて訂正いたしました。須山さん、申し訳ありませんでした。

Yume no ha ji ma ri / Suyama Kumiko (1986 Zero)