この作品は、「果敢にポニーに乗ることを教えてくれた女性に愛を込めて」捧げられています。それは本作品の発表前年に亡くなった母親です。カサンドラ・ウィルソンは母の晩年をニューオーリンズから母親の住むジャクソンまで通い詰めてたんだそうです。

 ジャケットはイラストですけれども、その元になった写真がブックレットに掲載されています。それはカウボーイ・ハットを被ってポニーにまたがるイラストそのままのカサンドラ、4歳です。この時のエピソードが献辞にもなり、ジャケットにもなり、タイトルにもなりました。

 ポニーを連れて家々を回り、子どもを乗せては写真を撮ることを商売にする男が近所に現れた際、カサンドラの母親は兄たちのためにお金を払ったのですが、兄たちは断り、カサンドラが小さいにも関わらず乗ってみたいと言い出しました。

 年齢から考えると危ないわけですけれども、母はカサンドラの瞳に何かを見つけ、そんな恐れを知らぬ彼女を鼓舞するつもりで、ポニーに乗せてくれたのだと。それがこの時代にあえてジャズ・シンガーを志す勇気にも繋がっているのです。

 カサンドラの母は2009年5月に亡くなりました。カサンドラはその悲しみを胸に、10月にはヨーロッパにツアーに出ます。バンドは1997年以来カサンドラを支えているギタリストのマーヴィン・スーウェルもいれば新顔もいましたが、彼女はこのバンドをいたく気に入りました。

 スペインのステージでは「呼び集めた音楽の精鋭が声を媒介に想像していた夢と一体化する天国を」経験したのだそうです。その結果、誕生したのがこの作品です。したがって、アルバムにはスペインでのライブ録音が含まれています。

 特に「セビリアの夢」から「シルヴァー・ムーン」へと続く流れが典型です。ツアー後、スタジオ収録のために再び招集されたバンドに、セビリアでバンドが演奏したインストゥルメンタル曲を聴かせると、新たに即興演奏が始まり、ウィルソンも即興で歌を始めます。

 流した曲が「セビリアの夢」、新たな曲が「シルヴァー・ムーン」です。新曲には別のスタジオでジョン・コルトレーンのご子息ラヴィがテナー・サックスをオーバーダブするというおまけつきです。また、これが極めて自然です。スピリチュアルです。

 グラミー賞を受賞した前作収録の「恋人や我に帰れ」や「セント・ジェームズ病院」はライブ録音で収録、ブルースの始祖の一人チャーリー・パットンの「サドル・アップ・マイ・ポニー」、ビートルズの「ブラックバード」にスティービー・ワンダーの「イフ・イッツ・マジック」。

 カサンドラの選曲センスにはいつも脱帽です。そこにバンドのオリジナル曲が加わって、最後にジョン・レジェンドとの共作を持って来て締めます。その共作を除くと、カサンドラが意図した通りバンド・サウンドになっています。ソロではなくバンド。

 ニューオーリンズとミシシッピ・デルタがカサンドラの中で絶妙に混ざり合い、それをバンド仲間と一体となって表現する。毀誉褒貶あるようですが、私は絶賛側に一票を投じたいです。前のめりになることなく、落ち着いた勇気がまばゆいです。

Silver Pony / Cassandra Wilson (2010 Blue Note)