カサンドラ・ウィルソンの出身地はアメリカ南部のミシシッピ州ジャクソンです。これはまたディープな土地柄です。ブルースの本拠地といってもよいところです。そんなところで生まれ育ったと聞けば、カサンドラの音楽にも得心がいく気がするというものです。

 彼女にとっても当然思い入れのある故郷です。前作でマイルス・デイヴィスを旅したカサンドラは、今度はミシシッピ・デルタに戻ってブルースをベースにしたレコードを制作することを思い立ちました。誰も驚かない、極めて自然な道行です。

 いつものようにカサンドラは環境を整えることから始めました。まずはロケハンです。地元の友人の助けを借りて、あれこれ見て回ったカサンドラは、デルタ・ブルース博物館のあるクラークスデイルにある、もう使われていない古い鉄道駅に決めました。

 ここをスタジオにしつらえて、ツアー・バンドの面々を呼び集めます。こうして本作品「ベリー・オブ・ザ・サン」の制作が開始されました。これまた前作と同様にカサンドラ自身によるセルフ・プロデュース作品です。

 どんな建物かと思いますが、ここで結婚式を挙げる人がいるそうですから、そこそこちゃんとしたビルのようです。もっともこの結婚式のおかげで一行は一時スタジオを追い出され、車の中で2曲を録音するというおまけがついています。

 車の中で録音された2曲はいずれもブルースの神様ロバート・ジョンソンの曲です。「ユー・ガッタ・ムーヴ」にギターが入っているだけで、基本はボーカルとジェフリー・ヘインズが叩くプラスチックの桶だけです。さすがは車の中。もろブルースですね。

 しかし、駅で録音された曲には、デルタ・ブルースのアンセムとなっている「ダークネス・オン・ザ・デルタ」はあるものの、ザ・バンドの名曲「ザ・ウェイト」、ボブ・ディランの「血の轍」から「シェルター・フロム・ザ・ストーム」、ジェイムズ・テイラー、ジミー・ウェッブなどが並びます。

 さらにはアントニオ・カルロス・ジョビンの「ウォーターズ・オブ・マーチ」まで収録されています。ブルース・アルバムを志向して始めた試みは、結局、どんどん広がって、ブルースのみならず、ポップスやブラジル、ジャズにアフリカンなどの折衷アルバムになりました。

 それも一興です。それでも、ミシシッピ・デルタで馴染みのツアー・バンドのみならず、地元のミュージシャンをゲストに招いて制作された事実は重く、さまざまな音楽を入れ込みながらミシシッピの香りが漂ってきます。ジャケットの色合いさながらです。

 「ジャスト・アナザー・パレード」だけはニューヨークで録音されています。カサンドラに憧れるインディア・アリーをゲスト・ボーカルに起用して、心温まるデュエットを聴かせます。これもアルバム全体の雰囲気に十分マッチしています。

 ホーンをほとんど使っていませんし、ポップスも多いため、前作とは随分雰囲気が異なります。私はリラックスした歌唱のこちらの方が好きです。オリジナル曲もポップ寄りで好感度大です。やはり故郷は暖かく包んでくれます。

Belly of the Sun / Cassandra Wilson (2002 Blue Note)