藤井郷子と田村夏樹、ワダダ・レオ・スミス、イクエ・モリの四人による作品です。誰がリーダーというわけでもなさそうですけれども、藤井郷子の名前だけジャケット上で色が違うので、藤井郷子のところに分類することにします。

 この作品は藤井郷子と田村夏樹が主宰するリブラ・レコードから発表されました。その設立20周年を記念して、20都市で一人ずつミュージシャンを迎えて共演するという企画をやっていて、この作品はそのスピン・オフのようです。

 その企画の中で、ワダダ・レオ・スミスと共演することになった際、「せっかくだからCDにしようと」思ってのことです。「ドラムスは誰がいいかと考えたんだけれども、イクエさんのほうがおもしろいだろうなと思って、このメンバーに決めました」。

 イクエ・モリ。そうです、あの伝説の「ノー・ニューヨーク」でお目見えしたアート・リンゼーのDNAでドラムを叩いていたあのイクエ・モリです。何と懐かしいことでしょう。彼女はそれ以来ニューヨークを拠点に音楽活動を続けているのです。

 今はドラムを叩いているというよりも、本作品でも「エレクトロニクス」とクレジットされている通り、ラップトップを使った電子音アーティストです。「ノー・ニューヨーク」からすでにほぼ40年が経過しています。何と息の長い活動でしょう。

 また四人の写真がいいです。町内会の寄り合いのような四人のリラックスした姿をみていると、何ともほっこりしてきます。ジャケットに藤井が「彼らと一緒だと音楽を作ることを含めてすべてが易しい」と書いてあることがヴィジュアル面でも確認できるかのようです。

 藤井郷子と田村夏樹はもちろん何度もデュオで共演していますし、スミスとモリもスミスのアルバム「ルミナス・アックス」でデュオの経験があります。二組のデュエットがこの作品の中でぶつかり合っているわけです。

 スミスはフリー・インプロビゼーションの頂点デレク・ベイリーのカンパニーにも参加したことのある大ベテランで1941年生まれですから、もう古希どころか喜寿の年頃です。しかも体力を使うトランペットで、こんな演奏をするとは、それだけで感動ものです。

 完全な即興は1曲だけで、それ以外は藤井が4曲、田村が1曲を提供しています。四人でどしゃどしゃやるよりも、四人がそれぞれの表情を確かめ合いながら、十分間をとって演奏しているようです。聴いていてドキドキします。

 「良くも悪くも中途半端ってよく言われるけれどもね。完全な実験音楽でもないし、ロックでもないしジャズでもないし」と田村は話しています。確かに、語りずらい音楽です。モリのエレクトロニクスなど何と評していいやらさっぱり分かりませんし。

 でももちろんそこがいいです。次に何が出てくるのかワクワクしっぱなしです。心地よい緊張を強いる楽しい音楽です。このメンバーが写真通りの普段着を着て明るい場所で演奏するのなら、ぜひ見に行きたいものです。

参照:Mikiki インタビュー 2017/10 坂本信

Aspiration / Wadada Leo Smith, Natsuki Tamura, Satoko Fujii, Ikue Mori (2017 Libra)