テクノ・ポップという言葉を使い始めたのは誰か、諸説ありますが、私もロック・マガジンの阿木譲説を推します。ただ、初出はXTCの「ドラムズ&ワイヤーズ」の評だったように思います。いずれにせよ、瞬く間に広まったことだけは強く記憶に残っています。

 ほどなくしてクラフトワークにも使われるようになり、むしろそっちが本筋になり、さらに一般にはYMOの音楽を指す言葉として有名になりました。日本発の造語はついにクラフトワーク本家に採用されるに至ったわけですから大したものです。

 ただし、本作品のもともとのタイトルは「エレクトリック・カフェ」で、2009年のリマスター盤から「テクノ・ポップ」に変更されたものです。どちらも同名曲がアルバムに収録されていますから、どっちでもよかったと思いますが。

 この作品は前作から5年ぶりに発表されました。間にシングルを挟むとは言え、テクノ・ポップ隆盛の時代に5年の沈黙は長かった。特殊なグループだけにファンの間にはさまざまな思いが募ってきていて、発表当時は結果的に酷評されることになりました。

 中村とうようなどは「あまりに内容がカラッポで、言うべき言葉もない」とまで言い切っていました。彼の場合はもともとアンチですからいいのですが、テクノ・ファンの間でも好意的な声はあまり聞かれませんでした。

 クラフトワークが本作に取りかかった時期は前作発表後それほど時を置いたわけではありませんでした。しかし、ラルフ・ヒュッターが事故に遭ったりして制作は中断します。再開はしたものの、その出来には満足ができず、ニューヨークに飛んでミックス作業を行っています。

 ニューヨークではDJのフランソワ・ケヴォーキアンがミックスに当たっています。恐らくはそのせいでしょう、この作品のサウンドはこれまでにましてリズムが際立っています。それもかなりヒップホップ的です。エイフェックス・ツインを少し思い出したりもします。

 すでにクラフトワーク再評価のきっかけともなったアフリカ・バンバータの「プラネット・ロック」は発表済ですし、クラフトワークの影響を受けたデトロイト・テクノも始動していました。その中で元祖本家がそっちに寄っていったわけで、オールド・ファンは悲しんだのです。

 とはいえ、そんな屈託も今は昔、気を取り直して聴いてみると、それほど大きく振れたわけでもなく、ストイックないつものクラフトワークが見えてきます。「セックス・オブジェクト」で「ザ・モデル」の歌詞で被った汚名を返上する気配りも含めて、しっかりクラフトワークです。

 この時期、もっと派手に電子楽器を使い倒すこともできたでしょうに、あえてシンプルにアナログ・テイストを貫いたところはクラフトワークならではです。今となっては懐かしいテイストのCGによる3Dモデリングを使ったジャケットも郷愁をそそります。

 本作のこの一言は♪ボイン・ブン・チャック♪に決まりでしょう。「エレクトリック・カフェ」には「ヨーロッパ特急」のあのメロディーが出てきますが、そちらよりは破裂音の連続の冒頭のフレーズが本作の性格を代表しています。ボインっと弾けるクラフトワークでした。

参照:ミュージック・マガジン1987年2月号

Techno Pop / Kraftwerk (1986 Kling Klang)