1981年と言えばNECのPC-8801が発表された年です。ようやくパソコンが世に普及しようかという時期で、まだパソコンではなくマイコンと呼ばれていました。世間一般にはまだまだコンピューターは特別な存在でした。

 当時、オフィスにコンピューターが現れた際、何も知らない私がなぜかプログラマー扱いされました。その理由はただ一つ、ブラインド・タッチが出来たことです。タイピング技術とコンピュータ知識は全く次元が違いますけれども、世間はそれほどコンピューターに無知でした。

 そんな時代にクラフトワークは「コンピューター・ワールド」を発表しました。今回は、電卓をコンピューターの端くれとすると、全編を通してコンピューターがテーマだと言えます。世間の無知を他所に、彼らはコンピューターをお友達として描いています。

 サウンドもポップさに一段と磨きがかかる一方、エキセントリックさが影を潜めて、前作「人間解体」にはかろうじて残っていたプログレ的な要素は皆無になりました。リズムはより分かりやすさを増し、鋼鉄ではあるものの、メランコリーでジェントルなサウンドです。

 この時期にはポピュラー音楽の世界におけるエレクトロニクス・ミュージックの位置づけは大きく変わっていました。チャイナ・クライシス、デペシュ・モード、OMD、ゲイリー・ニューマンなど、特に英国では多くのバンドが電子楽器を前面に出したロックを展開していました。

 クラフトワークはそうしたバンド連中から一様に認められる元祖であり本家であったわけですから、前作から3年の沈黙を経て発表された本作への期待と不安は大いに高まっていました。孤高の存在から、多くの信奉者が現れた教祖へ。

 教祖様の新作は賛否両論を巻き起こしたものの、結果的には申し分ない傑作と扱われることになりました。賛否の否はシンセ・ポップなど認めないという立場からのものが半分、新しくないというエレクトロニクス際物派が半分ですから、あまり気にすることはありません。

 クラフトワークの描くコンピューターの世界はどこか牧歌的です。近過去に夢みた近未来の楽園でしょう。今はその近未来をはるかな過去にしていますから、このコンピューター世界は懐かしいフィクションに類するものになりました。インターネット以前のコンピューターです。

 サウンドにはコンピューターは使われていません。これまで同様、シンセやシークエンサーを使っている他、今回は電子玩具が使われました。変なボーカルはそのせいです。元祖ボカロは言い過ぎですが、まだまだ人の良いコンピューターさんのお声を聴くとほっとします。

 ♪デデデッデデン♪と始まる「ポケット・カルキュレーター」には「電卓」という日本語詞の歌も存在します。リマスター版ではカットされてしまいました。味のある日本語の発音でいい曲がさらに際立っていたのに残念です。

 「ナンバーズ」などを筆頭にサンプリングの素材集のような骨格を露わにした楽曲群は素晴らしい出来です。元祖本家による横綱相撲です。やはりクラフトワークは本家にして頂点に君臨するスーパースターであることを証明しました。

Computer World / Kraftwerk (1981 Kling Klang)