クラフトワークにヨーロッパ特急を題材にした作品を作ってみればと示唆したのは、アルバムにお友達としてクレジットされているポール・アレッサンドリーニという方です。律儀なクラフトワークは実際に鉄橋のたもとで列車の音を録音までしたそうです。

 ヨーロッパ特急、TEEは1957年から1988年まで運行されていた西欧諸国をめぐる国際列車のことです。ヨーロッパは1945年まで大陸を二分する戦争をしていたわけですから、この列車の持つ意味はドイツにとってはことに大きいものがあります。

 クラフトワークはしばしばYMOと並べて語られますが、細野さんは「聴けば聴くほど、YMOでこれは真似できないなと思った」、「ナチズムを含めたドイツという国の分厚い歴史を背負っていて、日本人には入っていけない『鋼鉄』のような世界があったんだ」と語っています。

 その鋼鉄のような世界の典型がこのアルバムにあります。ご丁寧に「メタル・オン・メタル」なんていう曲まで用意されています。そしてドイツの分厚い歴史。もはやテクノに分類してもよい音楽ですけれども、この重さはやはりドイツの鋼鉄と憂鬱以外の何物でもありません。

 細野さんは、続いて「そこで、僕らは紙と竹と畳の音楽をやろうって考えた(笑)」と続けます。YMOとクラフトワークの相違をこれほど見事に表した言葉はないでしょう。鋼鉄に対する紙と竹。畳まで持ち出すところが細野さんらしい。

 タイトル曲から「メタル・オン・メタル」、「アブザグ」と続く一連の曲はまさに列車の運行を表しています。「アウトバーン」以上に写実的です。ただ、実際に録音してみると踊れなさそうなので、そこは踊れるように改変して演奏したのだそうです。

 無機質なボーカル、というよりテクノなラップには、デヴィッド・ボウイとイギー・ポップの名前が出てきます。ボウイのベルリン三部作にはあからさまにクラフトワークの影響が伺えます。ボウイは彼らの大ファンだったそうで、共演もお願いしますが断られています。

 この作品を代表するフレーズは♪テテテテトテトン♪です。日本人には断然「ショウルーム・ダミーズ」のイントロでしょう。テレビCMにも使われたこのキラー・フレーズで俄然クラフトワークの株が上がりました。今聴いても鳥肌が立ちます。

 綺麗な単音メロディーですけれども、アレンジは十分変です。リズムの音響処理が直截で、リッチな触感にすることもできたはずなのにしない。そこがクラフトワークです。ちなみにこの曲はロキシー・ミュージックの「マニフェスト」のジャケットに影響を与えたことでしょう。

 オリジナルのジャケットはマネキンを思わせる四人のポートレートでした。中にはいかにもな書き割りの風景を背景にした四人。恐ろしい写真でした。東欧の触感なのか構成主義なのか、パンク華やかなりし頃にまるで明後日の方を向いていました。

 新しいシークエンサーを得てさらに演奏に自由度が増したクラフトワークによるサウンドは一旦ここで完成を見たように思います。非の打ち所のない電子サウンドは当時の私には衝撃的でした。今聴いても十分に刺激的です。

参照:「HOSONO百景」細野晴臣(河出文庫)

Trans Europe Express / Kraftwerk (1977 Kling Klang)