イルカが固まって、何だかラッセンの絵のようでもありますが、よく見るとザッパ先生のおひげの形になっています。ブックレットの中にもイルカの写真が使われていて、何の意味があるのか思わせぶりです。

 イルカのジャケットに包まれた本作品はフランク・ザッパのオフィシャル・リリース79番、2006年に発表されたギター・ソロ集です。ギター・ソロだけを抜き出した作品は久しぶりです。名作「黙ってギターを弾いてくれ」が懐かしく思い出されます。

 本作品の最大の話題はボブ・ラディックによるマスタリングでしょう。ボブは世界屈指のマスタリング・エンジニアで、グラミー賞も何度も受賞していますし、何よりも彼が手掛けたアルバムを並べるだけでロック史ができてしまう凄い人です。

 ボブがザッパの作品を手掛けるのは1979年の「シーク・ヤブーティ」以来と言いますから四半世紀ぶりです。その時のことを想いながら本作のマスタリングを手掛けたそうで、何とも興奮した様子が伝わってきます。愛あるマスターです。

 すでに素材は揃っており、リミックスできる可能性がない中での作業で、とりわけ団子状態になっている音からディテールを引き出す作業は大そう手間がかかった様子です。しかし、ザッパ先生への敬意からボブはやってのけました。素晴らしい音になっています。

 本作品はザッパが生前に仕上げることを希望していた数少ない作品の一つだそうです。マスターテープのチェックシートには1993年5月23日の日付があるそうで、基本的な姿はすでにその時には出来ていたものと思われます。

 集められた素材は、全16曲中9曲が88年バンド、5曲が84年バンド、77年と79年が一曲ずつです。面白いことにそれぞれレコーディング・エンジニアが違います。そんなに大勢のエンジニアと仕事をしているわけではないのに、これはわざとかもしれません。

 オリジナルの楽曲名が使われているのは「チャンガの復讐」のみで、他の曲はすべて適当なタイトルが付けられています。目立つと言えば、「ヒッグス粒子の発見」だとか、「冷たいダーク・マター」の量子力学勢です。

 これはゲイル・ザッパが息子ドウィーズルに本作を聴かせたところ、「ただのギター・アルバムだ」と言ったことに対し、「ヒッグス粒子だってただの理論だ」というのと同じ意味だと考えたというところから採られたのでしょう。「ただのギター」は宇宙の核心なのでした。

 ドウィーズルは最初と最後の曲でギターを弾いています。88年バンドのツアーには何度か登場していますから、当然と言えば当然ですけれども、最初と最後というところに意義深いものがあります。息子には甘いお父さんでした。

 サウンドは何も申し上げることはありません。ただのギター・アルバムは最高です。いつものようにコクのあるバンドの演奏を従えて、縦横無尽のギターが炸裂しています。いつまででも聴いていられる素晴らしいサウンドです。こんなレコード、何枚あっても大丈夫です。

Trance-Fusion / Frank Zappa (2006 Zappa)