最近のレコード復権で初めてLPレコードを手にした若者から、「半分くらいしか再生できない」との苦情が来るそうです。考えてみれば、ひっくり返して再生するということは誰かに教えてもらわないと気がつかないものなのかもしれませんね。

 カーペンターズのこの作品など、ひっくり返さなければ仕掛けは分からないままです。忙しくて曲が用意できなかったために発案された苦肉の策らしいですが、B面の仕掛けが本作品を不朽の名作にしたのですから世の中分からないものです。

 カーペンターズの第5集となる作品は人気の絶頂に発表されました。A面は至って普通に曲を並べています。最初はセサミ・ストリートのために作られた「シング」です。児童合唱団を使ったいかにも子ども向けの曲で、カーペンターズらしいです。

 続いてレオン・ラッセルの「マスカレード」。ラッセルのごにょごにょした歌はカレン・カーペンターが歌って初めて素敵なメロディーであることが分かります。この曲はさらに後にジョージ・ベンソンが歌って大ヒットしました。

 そしてもう一曲カントリーの大御所ハンク・ウィリアムスの「ジャンバラヤ」。日本でシングル・カットされて、カントリーの代名詞としてヒットしました。カレンが歌うと何でも日本人にはちょうど良くなります。素晴らしいことです。

 B面は彼らを代表する超名曲「イエスタデイ・ワンス・モア」が冒頭にきます。かつて胸をときめかせた曲を聴いて幸せだった昔を思い出すという誰にでも訪れる想いを歌ったこの曲は不朽の名曲です。いつ聴いてもしみじみします。

 この歌詞に引きずられるようにラジオ風DJを交えてオールディーズ・メドレーが始まります。これが本作品の仕掛けです。ビーチ・ボーイズの「ファン・ファン・ファン」に始まり、全部で8曲。いずれも1962年から64年、アルバム発表時から見ると10年ほど前の曲です。

 この時間軸がちょうど良いです。ティーネイジャーで聴いた曲を大人になって落ち着いた30歳前後に聴いて涙する。何十年も経ってしまうと、懐かしいは懐かしいのですが、センチメンタルの色合いが随分異なります。

 私はこの時13歳。オールディーズも全部新曲でした。オリジナル・ライナーの朝妻一郎さんはまさに30歳前後で、この仕掛けのターゲットそのものです。何とうらやましいことでしょう。いつまでもこの時の気分に戻れることでしょう。

 しかし、当時若かった私でも大丈夫です。「イエスタデイ・ワンス・モア」自身がその歌詞に出てくる歌そのものになっています。♪シンガ・リンガ・リン♪はこの歌の♪シンガ・リンガ・リン♪です。この循環構造も意図したものだったのでしょう。

 この時点でカーペンターズは自らを皆の想い出にすることに成功したと言えます。70年代ポップス歌手の中でカーペンターズが頭抜けて輝いているのはこの曲の構造に起因するのでしょう。私も見事に術中にはめられてしまいました。

Now & Then / Carpenters (1973 A&M)