私が子どもの頃、アメリカは人種のるつぼ、メルティング・ポットと言われていました。合衆国にはさまざまな民族が溶け合って暮らしている。人種差別がまだ根強かったことから、自分たちが克服しつつあるその姿を提唱したという意味合いも強かったことでしょう。

 しかし、時代が下ると、今度はサラダ・ボウルだと言われるようになりました。混じり合っているわけではない。それぞれの民族がそれぞれのアイデンティティを保ったままで平和裏に共存している。そういうアメリカを表す言葉です。

 優れた大衆音楽は異なる文化が出会う場所に生まれるものです。その意味ではお互いにアイデンティティを保ちながらの接触、サラダ・ボウル的な共存の方が、新しい音楽が生まれやすい気がします。そこから音楽が溶け合っていく。

 エル・ハル・クロイはイースト・ロサンゼルスのチカーノ、すなわちメキシコ系米国人おコミュニティーから登場したバンドです。チカーノ・オルタナティヴと言われる新感覚の音楽を奏でるトリオです。ジャズ学校の同級生によるバンドだそうです。

 ドミニク・ロドリゲスによるドラムとマイケル・イバーラのベースによる男二人のリズム隊を従えて、ボーカルとギターを担当するのが紅一点のエディカ・オルガニスタです。3人はアルケストラ・クランデスティーナというサン・ラー的な伝説のオーケストラから独立した模様です。

 本作品はトリオの三作目となります。奇妙なタイトルですけれども、これはインターネットのIPアドレスもどきです。さらに「192の数字を足すと12になり、1と2を足すと3になる。3とは私達3人のこと」と難解な説明が加わります。変な人たちです。

 このトリオの名前、エル・ハル・クロイは日本語にスペイン語の冠詞を被せたものだそうです。春?黒い?本作品には日本語で歌う歌もあります。これまではスペイン語とポルトガル語で歌うのみでしたが、本作では日本語に加え、英語でも歌うようになりました。

 英語はともかく日本語は驚きます。ドミニクは日本文化への関心を広言しており、特に村上隆と黒澤明の名前を挙げています。変な趣味ではないようでほっとしました。それに日本語も歌詞カードは全編日本語になっていますが、実際には少しだけです。好感度大です。

 エル・ハル・クロイの音楽は、ブラジル、メキシコやキューバなどの中南米音楽やジャズ、ブルースなどさまざまなサウンドのミクスチャーとなっています。しかし、全体の雰囲気はしっかりチカーノのアイデンティティを感じるサウンドです。

 面白いことに憂いを帯びたギター・サウンドはネオアコと呼ばれたニュー・ウェイブのサウンドとも相通じるものがあります。圧倒的に豊潤なリズムですけれども、隙間を感じさせます。そこにライナーの長屋美保さん曰く「侘び寂びギター」のアルペジオが絡む。素敵です。

 ロサンゼルスにはこうしたチカーノ・サウンドのシーンもあるのでしょう。多様なシーンが並立していて、それぞれの接触がこんな豊かなサウンドを生む。いつもバラ色に輝いているわけではないにしても、合衆国の大都会には底力があります。

192192192 / El Haru Kuroi (2016 El Haru Kuroi)