倒れた瓶からマスタードが流れてきていて、その上でバグパイプを奏でるロイ・ウッドの漫画的自画像が可愛らしいです。このバグパイプは決して伊達ではなくて、実際にロイ・ウッドがアルバム中で演奏しています。

 本作品は奇才と呼ばれるロイ・ウッドがすべての楽器を演奏し、ボーカルもとるソロ・アルバムです。もちろんセルフ・プロデュースな上に、ジャケットのイラストも本人の手になるものです。エンジニアとしてもクレジットされる念の入れようです。

 すべての楽器、というのが半端じゃありません。ギター、ベース、キーボード、ドラムはもちろんのこと、バグパイプ、ファゴット、オーボエ、サックス、ユーフォニウム、コルネット、チェロなども登場しています。しかもどれも玄人っぽい。

 そのマルチ・プレイヤーぶりとポップなセンスでロイ・ウッドは「トッド・ラングレンと並ぶ『ポップスの魔術師』」と紹介されます。日本での知名度は圧倒的にトッド・ラングレンでしょうが、ウッドは10曲を超える全英トップ10ヒットを放っている人気者です。

 ウッドはザ・ムーヴ、エレクトリック・ライト・オーケストラを経て、自身のグループ、ウィザードを結成します。その傍らで制作されたソロ・アルバムがこの作品です。ソロ名義では2枚目の作品になります。

 この作品は見事なポップ・アルバムです。全体にビーチ・ボーイズ的なポップ・サウンドになっています。音を分厚く重ねたところなどはフィル・スペクター的でもあり、またビッグ・バンド・ジャズ的なサウンドもうかがえます。

 メロディーも練りに練られており、大変美しいのですけれども、英国でもチャート・インはしていません。一見、王道ポップスのようですけれども、ほんの少しのところでヒットしそうにない。レコード会社の判断もそうだったようで、プロモーションがほとんどなされませんでした。

 ウッドは本作品を「30歳までに作っておきたかった」と語っているようで、とてもパーソナルな作品であることが窺われます。それまでヒット曲を作ることを使命としてきたウッドが、市場のことを忘れ去ってやりたいようにやった作品なのでしょう。

 一方で、ボートラ収録されている当時のシングル曲の中には全英13位となるヒットを記録した曲が含まれています。一見、とても微妙な違いですけれども、このシングル曲とアルバム曲の間にはとても大きな隔たりがあるように思います。

 もともと驚異のポップ・センスを誇るロイ・ウッドが自身のもてる全てを注ぎ込んで一人で作った作品が悪かろうはずはありません。ただし、パーソナルに過ぎるところがあり、ツボにはまればそれこそ神アルバムですが、そうでないと敬遠されることでしょう。

 ちなみにゲストはどちらもほんの少しだけボーカルを披露しているルネッサンスのアニー・ハスラムと、エヴァリー・ブラザーズのフィル・エヴァリーの二人。アニーはこの当時ロイ・ウッドと付き合っていて、そのラブラブぶりがジャケットにサウンドに現れています。

Mustard / Roy Wood (1975 Jet)