シニッカ・ランゲランはノルウェーのシンガー・ソングライターです。彼女が演奏する楽器はフィンランドの伝統楽器カンテレです。お琴のような、横置きのギターのような、そんな形状の弦楽器です。しゃらしゃらといい音がします。

 彼女は子どもの頃からカンテレを弾いていたわけではなく、大人になってから、ギターやピアノに限界を感じていた時期にカンテレに出会い、これなら「新しいものを生み出せそうな気がした」とはまっていったそうです。

 そのため、伝統楽器でありながら、彼女の演奏は「伝統的な演奏家とはだいぶ違うもので、独自の表現なんです」。そうだからこそ、こうしてECM系のジャズ・ミュージシャンとのコラボレーションも異種格闘技ではなく、極めて自然な道行きなのです。

 本作品はECMから発表された5作目のアルバムです。シニッカのボーカルとカンテレを中心に北欧のジャズ・ミュージシャン、中世の音楽をモチーフにした活動を続けるコーラス・グループ、トリオ・ミディーヴァルが参加して制作されています。

 共演者が示す通り、伝統と新しさを消化して昇華した美しい北欧サウンドが展開しています。歌われるのは彼女が住むフィンスコーゲンのシャーマニズム的な歌ルーネ・ソングを元にした曲で、「熊から自分の身を守るための歌であったり、木に祈りを捧げる歌だったり」。

 特に本作でテーマとされているのはアクシス・ムンディ、すなわち世界軸です。世界認識を示す伝承だと考えてよさそうです。それはフィンスコーゲンのルーネ歌手カイサ・ヴィリュイネンの語るところに依拠しています。伝統の上に乗っているということです。

 シニッカが住んでいるのはノルウェーの森林区域フィンスコーゲンです。そこは16世紀から17世紀にかけてフィンランド人が移り住んだ地域」で、フィンランドの古い文化が残っているそうです。人口は263人!

 彼女の視線はノルウェーからフィンランドを経て、ロシア、シベリアに至るカルチャー・ベルトに及んでいます。洋の東西を結ぶのは何もシルク・ロードや海の道だけではないことが当たり前として観念されていることは新鮮に感じました。

 それはさらに日本に及んでおり、この作品では「カムイ」という曲に結実しています。彼女が札幌のアイヌ・ミュージアムで熊を生贄にする映像を見て、フィンスコーゲンにも同様の風習があることに思い至り、ベルトの西の端と東の端が結びつきました。

 シベリア鉄道よりも北を通る文化的なベルトは厳しい気候を反映して汗臭さが微塵もありません。しゅっとした美しいサウンドは一見現実離れしているように思いますが、これがその文化の確かな現実なんでしょう。

 天上から響くようなカンテレとともに美しい声で歌うランゲランには吟遊詩人という表現が似合います。狼男が彷徨いでる森の中から世界を丸ごと紐解いて歌うランゲランによって、新たな世界観を学びました。

参照:CDジャーナル2017年8月号(大石始)

The Magical Forest / Sinikka Langeland (2016 ECM)