イギリスに住んでいる頃、「A-Z」には随分とお世話になりました。あらゆる道路の名前を網羅した地図はとても分かりやすくて、この地図帳なしにはどこにもたどり着けなかったことでしょう。イギリス生活必需品です。

 「A-Z」をアルバム・タイトルに持ってきたコリン・ニューマンの意図は今一つ分かりかねます。ジャケットには地図がしっかり描いてありますから意味もあるのでしょうが。あるいはコリン解体新書という意味合いなのでしょうか。

 パンクというよりもポスト・パンク・シーンにあって、極めて重要な位置を占めるワイヤーは3枚のアルバムを残したところで一旦活動を休止します。そして、まるで10ccのように二つに分裂してしまいました。ただどちらもワイヤーと名乗らなかったのは良かったです。

 こちらは10ccで言えば、スチュワート&グールドマンに相当する、要するにポップな側面を体現していた片割れです。ただし、ドラムのロバート・ゴートゥーベッド改めロバート・グレイの存在感は些少なので、ここではコリン・ニューマンのソロ名義になっています。

 本作には、ワイヤー3作のプロデュースを担当したマイク・ソーンがプロデュースのみならず、キーボードやシンセで演奏に加わっています。したがって、新顔はギターとベースのデズモンド・シモンズのみです。

 この顔ぶれからも分かるように、本作品はワイヤーの初期三部作から地続きです。とりわけ、コリン・ニューマンはワイヤーのフロントマンでしたし、特徴的なボーカルを披露していたことから、表面的なサウンドはワイヤーそのものです。

 実際、本作品はワイヤーの第四作として企画されていたそうです。とはいえ、レーベルはそうは考えていなかったようで、結局は新興のベガーズ・バンケットからコリンのソロ作として発表されるに至りました。ワイヤー名義ならばもう少し後の扱いがよかったでしょうに。

 ルイス&ギルバートの不在はマイク・ソーンのキーボードが全面的にフィーチャーされることで穴埋めされています。特に大作「セコンズ・トゥ・ラスト」での幻想的なシンセは特筆もので、音響彫刻的なワイヤーの側面を引き受けています。

 もちろんコリンのボーカルとギターは大いに活躍しています。さすがはソロ・アルバムです。名曲として名高い「アローン」やワイヤーそのものの「オーダー・フォー・オーダー」を始め、さまざまな曲調ながら、いずれもコリンのポップな持ち味を生かした曲が並びます。

 ただし、単なるポップとは一線を画していることも確かです。実験的な音作りは随所に見られますし、ポップな面との組み合わせがちょうど良いです。ボートラ収録されているデモ曲も充実しており、ディス・モータル・コイルはデモからの曲をカバーしているほどです。

 もちろんソロだけにコリン・ニューマンの体臭が色濃い。ワイヤーのサウンドはもともと超然としたところがありました。パーソナルなタッチは本人にとっても歓迎すべきことだけではないと思います。良い作品ですけれども、ワイヤーで聴きたかった気がしないではありません。

A-Z / Colin Newman (1980 Beggars Banquet)