これまでの読書体験の中でも、ヴァージニア・ウルフの「ダロウェイ夫人」は格別でした。英語の美しさを初めて実感したと言ってもよいかもしれません。内容はほとんど忘れてしまいましたが、読んでいる時の快感は忘れられません。

 彼女の文章は「意識の流れ文体」と呼ばれ、その意識が揺蕩うように文章が流れていく様は曰く言い難い気持ちの良さで、こちらの脳みそを揺らしてくれます。日本語で言えば、平安時代の女流文学でしょうか。

 その彼女の朗読が残っているとは驚きました。1937年にBBCのために録音されていたもので、この作品の冒頭にそれが置かれています。文体とはまるで不似合いな尖った声ですけれども、何よりもその貴重さに頭がくらくらします。

 この作品は、現代音楽界で活躍するマックス・リヒターが、振付師のウェイン・マクレガーによる英国ロイヤル・バレエ作品「ウルフ・ワークス」のために作曲した音楽を、リヒター自身によってアルバム用に再構成されたものです。

 「ウルフ・ワークス」は、ヴァージニア・ウルフの小説「ダロウェイ夫人」「オーランドー」「波」を基にした作品です。小説の内容はまるで異なりますから、リヒターは「それぞれの世界観に即した音楽言語」を導入しつつ、全体を共通する音楽的特徴でまとめる作業を試みています。

 三つの作品はそれぞれウルフ作品の朗読で始まります。「ダロウェイ夫人」の冒頭は先のウルフ自身によるものです。この曲では小説の主要登場人物3人を表す音楽が呼応し合いながら響いてきます。ポスト・クラシカルな美しい曲調です。

 「オーランドー」では変奏曲形式が採用されています。17世紀中盤から多くの作曲家が用いてきた「ラ・フォリア」を主題に、オーケストラ、独奏楽器、弦楽五重奏、電子音楽のための変奏曲が書かれています。

 最後の「波」は、「ウルフ自身の夢のようなモノローグ」を巡る旅で、ウルフの遺書の朗読で始まります。そして、「波のようなメロディ・ラインが20分以上にわたって曲線を描き出し、そこに加わるソプラノ独唱が、オーケストラの大海の中に入水して」いきます。

 私にとってはこの曲が最もウルフの世界を表しているように思います。舞台では「ゆっくりと変化する波の映像が背景に映し出され、アンサンブルが群舞を踊る」のだそうで、入水自殺を遂げたウルフを悼む余韻を残して終わります。

 リヒターはウルフを「苦しめた悩みに心から浸り、彼女が格闘した疑問に心から浸り、彼女が見出した幻想的な答えに心から浸」り、この作品を制作しています。結果は各紙が「説得力のある感動的な体験」などと絶賛する大成功でした。

 文学的であると同時に踊りを伴うという肉体的な音楽です。ウルフ作品にある独特のリズムがリヒターを触発したのだろうと思います。リズムは躍動するばかりではありません。ポスト・クラシカルなダンス・ミュージックが静かに昂ぶります。

Three Worlds : Music From Woolf Works / Max Richter (2017 Deutsche Grammophon)