サン・ラーはレコード会社を通して作品を発表していただけではなくて、ライブ会場で自主制作音源をどんどん販売していました。そうであれば、未発表作品なるものはあまりないはずなのですが、そんなことはなく、なお未発表音源の発掘が盛んです。

 ニューヨークのロウワー・イースト・サイドにある「ジャズのメッカ」スラグズ・サルーンでは、1960年代終わりから70年代にかけて、サン・ラーがしばしば夜通しの公演を行っています。そのライブを記録した数多くのテープが残されているそうです。

 この作品はその中でも「最上級の逸品」とされているものです。1972年7月に行われたこの演奏は、客席での録音ではなく、サウンド・ボードを通したステレオ録音で残されています。びっくりするほどの音質ではありませんが、相対的には素晴らしいと言えるのでしょう。

 収録されているのは「アイ・ローム・ザ・コスモス」と題された曲一曲のみです。このタイトルの曲はサン・ラーの膨大なディスコグラフィーの中でもわずかに2回しか見当たらない貴重なものです。1973年と1974年だそうですから、こちらが初出ということになります。

 この曲は「ディシプリン27-II」という曲の演奏に重ねて、「アストロ・ブラック」を暗唱するという構造になっています。その全体をまとめて「アイ・ローム・ザ・コスモス」と称していると言ってよいのでしょう。

 まず、「ディシプリン」ですが、サン・ラーは「ディシプリン」という名前を付けた曲を100曲以上アーケストラのために書いており、これはその27番の2号ということです。ゆったりとしたリズムが延々と続き、「まるで哀歌のよう」だと表現されています。

 一方、「アストロ・ブラック」はサン・ラーが作り出した神話です。この神話でサン・ラーは「宇宙について語っているんだ。この惑星の一部ではないということについて」語っています。黒人による宇宙神話とでもとりあえず理解しておけばよいでしょう。

 まず、「ディシプリン」のゆったりとした演奏が始まり、しばらくしてジューン・タイソンによる暗唱が始まります。若干われ気味の録音が残念ですが、とても力強い女声ボーカルです。これがしばらく続くと、いよいよサン・ラー御大がステージに登場します。

 以降、アーケストラの粘っこい演奏をバックに、サン・ラー自身とタイソンによって、壮大な宇宙ドラマが語られていきます。歌ではなくて語りです。ラップと言ってよいでしょう。♪宇宙は快適な場所だ。そこは本当の意味で自由な場所である♪。

 実にサン・ラーらしいうねるようなリズムとねっとりとした管楽器による自由自在なサウンドを背景にサン・ラー師が説法を繰り広げる、まるで宗教的な空間が現出します。彼の理想とする古代ではありませんが、エジプト・ツアーから帰ったばかりで感情も高まっていたのでしょう。

 ここでのサン・ラーは自信に満ち溢れています。♪なぜ私が革命を戦わねばならないのだ。世界は私に属しているというのに♪。その自信に拍車をかけられて、演奏陣も最高の演奏を繰り広げています。まさに「至福の51分間」。何度も聴いてしまいます。

I Roam The Cosmos / Sun Ra and His Solar Arkestra (2017 Art Yard)