ラハット・ファテ・アリ・カーンによれば、この作品のテーマは愛です。タイトルの「チャルカ」は糸を紡ぐ車のことで、愛と生命の円環を象徴しています。その言葉通り、愛に満ちた作品で、派手さには欠けるものの、聴けば聴くほど味わい深い大人の時間が過ぎていきます。

 ラハットの一族は600年以上にわたって「カッワーリー」を歌うことを職業にしてきました。「カッワーリー」はイスラム神秘主義のスーフィズムの宗教歌謡で、タブラやハルモニウムなどの楽器を伴奏に繰り広げられる強烈なボーカルが特徴です。
 
 ラハットは先代にあたるヌスラット・ファテ・アリ・カーンの甥にあたります。ヌスラットは1980年代末のワールド・ミュージック・ブームの際に日本でも有名になった巨匠です。ラハットはそのヌスラットから正式に後継者として指名されており、今や一族の代表格です。

 600年の歴史と聞くと、何やらがちがちの有職故実の世界ではないかと思ってしまいますが、カッワーリーは今に生きている音楽です。決められた型を延々と繰り返すのではなく、新しい冒険をどんどん加えていっています。そのこと自体も伝統の一部なのでしょう。

 事実、ラハットはグランジの代表パール・ジャムのエディ・ヴェッダーと「デッド・マン・ウォーキング」で共演していますし、ヌスラット亡き後も「サハラに舞う羽根」や「アポカリプト」などのハリウッド映画で歌っていたりします。

 さらにボリウッドのプレイバック・シンガーとしても引っ張りだこです。ただ、ラハットは1974年生まれ、11歳の時に初ステージを踏んだ人なので芸歴は長いのですが、インドで発売されたソロ・アルバムはこれが初めてといいます。アルバムにはこだわらないわけです。

 この作品では、タブラなどの伝統的な楽器は健在で、曲調もボーカルもカッワーリーそのものなのですけれども、スパニッシュ風のギターや、ファンキーなエレキ・ギターも聴こえてきますし、何よりもコンピューターが自然に活躍しています。

 その新旧とりまぜた演奏はとても上品なスタイルでまとまっています。決して前にでることはなく、あくまで主役はラファットのボーカル。それが際立つように、細部にまでこだわった落ち着いた演奏を繰り広げています。

 その分、宗教家としての荘厳性に欠けるところがあるとみられており、落ち着いてはいるけれども軽めのノリゆえに「スーフィー・ラウンジ」と評されることがありました。インドのラウンジ・ミュージックの捉え方はやや宗教よりですからおかしくはないのですが。

 実際、インドではボンベイやゴア、デリーなど地名を冠したラウンジ音楽のコンピ盤がやたらと発売されていました。そうしてそこには宗教歌が結構入っていて、どうやらトリップするための音楽という意味合いがあったようです。

 クレジットにはありませんが、ラハットによればこの作品には先代ヌスラットの手になる曲も数曲入っているということです。ラハットの落ち着きのある力強いボーカルはやはり先代に比べると若々しく、親しみやすい魅力を放っています。ラウンジです。

Charkha / Rahat Fateh Ali Khan (2007 Saregama)