現代音楽の巨匠ジョン・ケージが1977年にイタリアのクランプス・レーベルに残した作品です。同レーベルのノヴァ・ムジカ・シリーズの第17弾、ケージ作品としては第1弾以来の2作目の作品です。相変わらずジャケットが魅力的です。

 この作品に収録されているのはケージ自身の演奏によるピアノ曲です。いささか経緯があります。ケージは現代ダンスの巨人マース・カニンガムと共演していることが多いですが、この作品もカニンガムとのコラボレーションが発端です。

 それは1940年代後半に遡ります。ケージはエリック・サティの三部からなる交響詩ソクラテスの第一部をカニンガムのためにピアノに編曲します。残りもやるよと約束していましたが、結局、残りの振付をカニンガムが完成させた1969年にようやく完成しました。

 この時点でケージは楽譜の出版元に編曲の許可を求めましたが、何と拒否されてしまいます。しかたなく1か月後に迫ったダンス公演のために新たに曲を作ることにしました。しかし、ダンスによる振り付けは完成しているわけですから、工夫が必要です。

 というわけで「ソクラテス」の文体と拍子とテンポを使い、それ以外の部分を新たに書き起こすという手法が用いられました。そして、その部分をケージがはまった、易者さんで有名な易経を使って分解し再構築しています。とてもケージらしいです。

 「チープ・イミテーション」、すなわち「安っぽい模倣」、もっと言えば「バッタもん」というタイトルですけれども、ケージ自身が言うように「意図的に何か工夫したわけではありませんが、この作品にはサティのオリジナルの感触」があります。

 ここはソロ・ピアノ曲、オリジナルはオーケストラ曲であるにも関わらず、確かに両者が同じ根っこをもっていることが分かります。サティのピアノ曲と比べると異質なのですけれども、オーケストラ曲だと通じ合うというのも面白いものです。

 ところで、このアルバムのジャケットの見開き面にケージが文章を寄せています。そして、そのかなりの部分はサティへの熱い思いを綴ることに費やされています。この部分はステキなんですが、今読むとどうしても違和感を感じてしまいます。

 その違和感の正体は、この文章がサティが人気がないことを前提に書かれているからです。確かにその当時はそうでしょう。ようやくサティが一般的な人気を博すようになったのは1970年代も後半のことではないかと思います。ケージのおかげかもしれません。

 本作品は流麗という言葉とは程遠い、切り込みの多い訥々としたソロ・ピアノ演奏が全編を覆っています。サティの作品として提示されたとしたら、かなり悩むことでしょうが、ケージによるサティだと言われれば素直に納得です。まことにそれらしい。

 演奏の背後にピアノを弾いているケージ以外の人の気配がします。ひょっとしてカニンガムが踊っているのでしょうか。「エチュード・オストラル」では天上の音楽を奏でていましたが、ここでは人の気配の強いピアノが聴かれます。このケージも面白いです。

Cheap Imitation / John Cage (1977 Cramps)