このアルバムが発表されたのは1976年、アメリカは建国200年に浮かれていた時です。前年にベトナム戦争も終わり、アメリカは自信を取り戻していました。最もアメリカ的なバンドであるシカゴもそれに呼応するようにとうとう10作目を発表しました。

 前作は邦題を「偉大なる星条旗」と題するベスト・アルバムでした。本作は星条旗こそ出てきませんが、包み紙を半分剥いたチョコレートにシカゴのロゴをあしらったジャケットになっており、「シカゴが物凄くアメリカっぽいバンドだってことを」目指した結果です。

 ロゴはもともとコカ・コーラのロゴに想を得たものですし、チョコレートはハーシーズを想起させます。どちらもアメリカ的な、あまりにもアメリカ的なモチーフです。このジャケットは遂にグラミー賞にてベスト・アルバム・パッケージ賞を獲得しました。

 この作品はシカゴにとって画期となったアルバムです。というのもこの作品からシングル・カットされた「愛ある別れ」が、シカゴとしては初の全米1位シングルになったばかりか、この曲が「シカゴの顔を永遠に変えてしまった」からです。

 ピーター・セテラの「レノン・マッカートニー作品に対する敬愛から生まれた」この曲は、ホーンも活躍せず、ギターもテリー・キャスではなくプロデューサーのジェイムズ・ガルシオ、ストリングスをフィーチャーした甘いバラードです。アルバムでは異質な曲です。

 「バンドは今もなお、その成功に纏わるある程度の相反するふたつの感情を禁じ得ないでいる」とロバート・ラムは語っています。AORの名作とされるこの曲は確かにいい曲なんですが、デビュー当時のシカゴを知っている者は一様に戸惑いを感じたものです。

 しかし、アルバムは邦題が「カリブの旋風」という通り、ラテン風味、カリプソ風味に溢れた堂々たるロック・アルバムでもあります。曲作りもボーカルもメンバーが分かち合うスタイルはここでも健在で、スタイルは多様ながら、ロックンロール魂に溢れています。

 今回はトランペットのリー・ロックネインも曲を提供していますし、ジェイムズ・パンコウは「君の居ない今」にてリード・ボーカルも担当しています。より民主化が進展したことが、「愛ある別れ」に繋がったのでしょう。

 この曲のポテンシャルに目を付けたのはデビュー当時からプロデューサーを務めるジェイムズ・ガルシオです。彼はほとんどシカゴのメンバーでした。個性の異なる楽曲をうまくアルバムにまとめるにあたって大いに力を発揮したことは間違いありません。

 ところでこのシカゴは日本での人気は今一つでした。その理由は恐らく彼らがあまりにアメリカ的だからでしょう。それもブラック・アメリカではなく、エスタブリッシュメントのホワイト・アメリカ。音楽は違いますが、カントリー歌手に感じるアメリカンと同根のアメリカです。

 もちろん彼らは反戦運動への支援に見られるアンチ・エスタブリッシュメントかもしれませんが、異国から見るとやはりそちらに近い。端正なロック・サウンドはあまりに端正すぎました。それなので日本では「愛ある別れ」路線の方がよほどしっくりきました。面白いことです。

Chicago X / Chicago (1976 Columbia)