「妄念と耽溺と裏切りとスターダムを通じて、グラマラスな魅惑と愛を探す」。ブックレットにマーク・アーモンド自身が書いていますから、恐らくはこれがこのアルバムのテーマであることでしょう。あまりにマーク・アーモンドらしいです。

 この作品は「聖も俗も超越したデカダンス。90年代ファンタスティックな光を放つブリティッシュ・ポップの覇者マーク・アーモンド ポリグラム復帰作」です。ソロ・アルバムとしてはライブを除くと10枚めになるでしょうか。

 「ポリグラム復帰作」が曲者です。前作を1993年に発表した後、マークはソフト・セル時代からの盟友マイク・ソーンをプロデューサーに迎えてニューヨークでアルバム制作にかかりました。この時点ではレコード会社はWEAだった模様です。

 その後、マネジャーの企みでレコード会社がマーキュリーに代わることになり、アルバムも新たに仕切り直して、ニューヨーク録音にも手を加え、さらにロンドンでもマーティン・ウェアをプロデューサーに迎えて新たに録音された音源を追加してこの作品が出来上がりました。

 そのため時間がかかったのは結構ですが、いろいろな人の手が加わりました。それ自体も結構なことですが、本人の強い意志を感じるというよりも、さながら皆が考えるマーク・アーモンド像をマークに演じてもらうことが中心になっているような印象を受けます。

 冒頭のマークの言葉などは出来過ぎですし、ブックレットに大書されている言葉は「エレクトロ・キャパレー」、「バイオレント・グラマー」、「テクノ・バーレスク」、「グラム・トーチ・ロックンロール」、「オブセッション・アディクション」です。ジャケ写もいかにも。

 要するにマーク・アーモンドが探求してきた世界を忖度して作り上げているんです。マークの世界は常にこちらの期待をいい意味で裏切るところがあるのですが、今作はあまりに予定調和的で、すんなりと楽しめ過ぎてしまいます。

 というようなわけで、商業的にも失敗し、日本盤は出ましたがアメリカ盤は出されず仕舞いになりましたし、本人も酷評しているという不幸なアルバムになってしまいました。しかし、決して水準以下のアルバムではありません。いくつも光るポイントがあります。

 ニューヨークではジョン・ケールにデヴィッド・ヨハンセンという顔役との共演を果たしており、異種格闘技戦のような佇まいになっています。ロンドンでは作られたスター、ジグ・ジグ・スパトニックのニールXが控えめながらマークの良き相棒となっています。

 話題曲は「アイドル」でしょう。マーク・ボランやマリリン・モンローにカート・コバーンなどの伝説の人物から、まさにアイドルなデヴィッド・キャシディやオズモンズなどが歌詞に出てきます。ジョン・レノンとシド・ヴィシャスの件が歌詞カードにあって歌われないのが気になります。

 その他、楽曲の中には「オン・ザ・プロール」を始め、いくつもの見事なポップ・ソングもあり、ジョン・ケールのピアノが光るバラード「ラヴ・トゥ・ダイ・フォー」も素敵です。もう少しマークが元気だったら、さらに輝いたのになあと思いながら何度も聴いてしまうアルバムです。

Fantastic Star / Marc Almond (1996 Mercury)