シンプルこの上ない静謐なジャケットです。てっきりモアイ像かと思いましたが、小さな木彫りの像なのだそうです。これもまたジャケ買いした人が多いでしょう。私も輸入レコード店で見かけてはため息をついていたものです。

 「セルフ・ポートレート」はローデリウスの膨大な録音素材から切り出された作品集です。アルバムとして発表することを意図していなかった音源から編まれた作品集というわけですけれども、続編たちも含めて、間違いなくローデリウスの代表作と言えます。

 この作品は1973年から77年にかけてフォルストにあるクラスターのスタジオで録音されています。クラスターやハルモニア、さらにはイーノとのセッションの合間を縫って、ローデリウスが思いついたアイデアを少しずつ録りためていたというわけです。

 それらは、「穏やかな夏の宵、窓の外に広がる甘美な光景、河畔の草原で馬が嘶き、鳥は歌い、蛙は鳴く、そんな格別な空気によって形作られた真正の即興演奏や習作」です。自然との交感に意識的なローデリウスならではの言葉です。

 多彩なサウンドに聴こえますが、ご本人によれば、これは全てイタリアのファルフィサ社によるオルガンVIP600によって作り出されたものだそうです。ただし、ところどころドラマー・ワンというリズム・マシンを使い、さらにモデュレーターを使って仕上げているということです。

 また、アルバムとして発表することを意図していなかったことから、古いテープにハーフ・スピードで録音されているため、オーディオとしての品質はよろしくないけれども、自分は電子音楽第一世代なんだから、いいじゃないかと本人が言い訳しています。

 アーティストとしては言い訳したい気持は良く分かりますけれども、この作品の場合、むしろこの音質で良かったのではないかと思います。柔らかでヴィンテージ感のあるサウンドは丸みがあってほっこりしています。

 ここに選ばれた楽曲は、膨大な素材の中から「もっとも人々を楽しませる」作品ばかりです。「シンプルでモノラルな『エレクトロニック』ミュージック」です。実験的な要素があったとしても、人の神経を逆なでするような部分は全く見当たりません。

 自然と調和した穏やかなサウンドがスピーカーから流れてきます。とはいえ、決してアンビエントなわけではなく、控えめではあっても、音楽作品として自己を主張する作品群です。「セルフ・ポートレート」に相応しい作品だと言えます。

 前作「愚者の庭」とサウンドとしては同傾向にあるのですけれども、アルバムとしてのまとまりを最初から意識していない上に、編集にあたってもそうした強烈な意思が感じられない本作にはカジュアルな魅力が詰まっています。さらに気楽に聴ける。

 ローデリウスは本作の編集にあたって、アルバム3枚分の素材を用意しました。セルフ・ライナーには、もしもこの作品が「人々の興味を惹くならば」、2作目、3作目が続くことができると書かれています。安心してください。無事に2作目、3作目も発表されました。

Selbstportrait / Hans-Joachim Roedelius (1979 Sky)