ブックレットの中に黄ばんだ新聞記事が掲載されています。それによれば、スティーヴン・ステイプルトン少年19歳は、英国HMVとヴァージンの店舗からレコードをだまし取ったとして、罰金が課せられています。

 そのステイプルトン少年は長じてナース・ウィズ・ウーンド、略してNWWになりました。NWWは1979年の結成当初はちゃんとしたバンドでしたが、早くも1981年にはスティプルトン一人のプロジェクトになりました。

 当初はパンク/ニュー・ウェイブの流れの中で出現したアヴァンギャルドなプロジェクトでしたが、とにかく多作なので、もはやそういう形容はほとんど意味をなさなくなってしまっています。この作品はもともと1985年の発表ですから、初期の作品に分類してよいでしょう。

 実はどこにもNWWの記載はありませんし、ジャケットは1950年代を思わせる女性の写真。その当時のラウンジ・ミュージックだと思ってジャケ買いしてしまった人もいそうです。ミュージシャンはマレイ・フォンタナ・オーケストラとなっていますし。

 オーケストラは総勢49名、ずらずらと名前が並んでいます。ステイプルトンもその一員です。その他のメンバーで、私が分かったのはレモン・キトゥンズのカール・ブレイクだけでした。あっ、ジム・フィータスも本名で参加していました。

 このマレイ・フォンタナ・オーケストラは、ステイプルトンによるでっち上げられたビッグ・バンドで、実体があるわけではなさそうです。ウェブで探すと彼ら名義の作品が1枚ありますが、これはNWWのお友達ハフラー・トリオとの共演です。

 そもそもここに名前が記載された49人が本当に参加しているのかどうか、ステイプルトン自身にも分からないのではないでしょうか。サウンドを聞けば分からなくても当然です。ここにはボーナス・ディスクの最後の曲以外はほとんど普通の意味での曲はありません。

 全編、これカットアップというかなんというか、音のコラージュが展開しています。会話から効果音からノイズから何から何までがミックスされていて、音の洪水です。全体を一つの作品にまとめようという意思すらなさそうです。

 フランク・シナトラのような歌唱や、テレビのコマーシャルではないかと思われる音もあり、それらがモンド系といいますかラウンジ系といいますか、50年代から60年代の雰囲気を醸し出しています。ステイプルトンはそうした時代のレコード・マニアでもあるそうです。

 しかし、全編がそういうムードで貫かれているわけでもなく、唐突にアヴァンギャルドな音が出てきたり、ちゃんとしたリズムがキープされたり、無茶苦茶と言えば無茶苦茶です。1曲目も2曲目もほとんど変わりませんし。

 ただし、悪意に満ちているわけでは決してありません。何だかひたすら明るい。これがイギリスのミュージシャンだとは思えません。カリフォルニアあたりで作ったような楽しさに満ち満ちた作品です。NWWへの見方を変えなければならないと思う珍品です。

The Sylvie And Babs High Thigh Companion / Nurse With Wound (1985 United Dirter)