このジャケットには驚きました。過激なパフォーマンスで知られる、あのインダストリアル・サウンドのスロッビング・グリッスルが、まるでお花畑な中に野暮ったいことこの上ない服装で微笑んでいる。おまけにタイトルは家庭用コンピのそれ。ご丁寧にステレオと書いてある。

 やはり悪い冗談でした。牧歌的な風景は英国でも指折りの自殺の名所で、前日には車でカップルが飛び込んだそうで、それも暗示されています。別に死体付きジャケットのバージョンもありますが、それよりもオリジナルの方が効果が高いです。

 この頃、スロッビング・グリッスルは一部でカルトな人気を得ていましたが、彼らはその状況にいら立っており、フォロワーを振り落とすことを画策しました。一方で、全く彼らと縁のない人がジャケットとタイトルに騙されて買ってしまうことも期待していたようです。

 スロッビング・グリッスルの三枚目のアルバムは初めてすべてがスタジオで制作されました。ライブ音源も使用したこれまでの年次報告書とは異なり、アルバム制作を意図して練り上げられた初めてにして唯一の作品だと言えるでしょう。

 ボーナスで収録されているライブと聴き比べると、このスカスカの電子サウンドが際立ちます。電子リズムを中心にした楽曲も多く、特にドナ・サマーを意識したという「ホット・オン・ザ・ヒールズ・オブ・ラヴ」などは後のテクノのプロトタイプともいえる作品です。

 これまでの禍々しいサウンドからすれば、チープな電子音が中心になった分かりやすいサウンドになっているにもかかわらず、その人間社会の暗部をえぐる切っ先はさらに鋭くなっています。全ての曲に呪詛が込められています。

 とりわけ「パースエイジョン」はひどい。たっぷり間をとったリズム・トラックにジェネシス・P・オリッジのモノローグのようなボーカルが恐ろしい歌詞を吐いていきます。恐らくは卑猥な写真を撮らせるように「説得」しています。女の子は泣いてるし、極めて不愉快な曲です。

 ファーストの「スラグ・ベイト」は語りが演奏に埋もれていましたからまだ耐えられましたが、こちらはむしろボーカルが際立つ。こんなに後味が悪い曲も珍しい。それだけの強度をもった曲なわけです。こういう方面からの感動というのもあるんでしょう。

 ジェネシスはこの作品を「世界ではじめてのポラロイドLP」だと言っています。「練習もなしに1時間で仕上げた」そうです。それなのに音楽的な解釈と評価を嘲笑う恐ろしいまでの完成度です。この透徹した美意識は素晴らしいです。

 中村とうよう氏は「スロッビング・グリッスルはヘタなのではない。逆に長年の訓練では得られぬ真の美的感覚を備えた、すばらしいミュージシャンたちだ」と絶賛しています。「プロ・ミュージシャンの職人根性や名声への執着や特権意識から完全に解放され」ているんです。

 この音楽に向き合うには、音楽のフォーマットを一旦忘れることが必要です。そうすれば、押し付けられた社会規範などによって歪んだ眼鏡をはずして、世の中の真の姿に触れることが可能となっていくんでしょう。後の世に大いに影響を与えた凄い人達でした。

参照:MM1981年4月号(中村とうよう)

20 Jazz Funk Greats / Throbbing Gristle (1979 Industrial)