この作品を語る時に、真っ先に注目すべきはスライ・ストーンの参加です。黒人音楽の歴史の中でも最重要人物の一人スライ・アンド・ザ・ファミリー・ストーンを率いたスライ・ストーンです。ファンカデリックの作品に参加したのですから一大事です。

 とは言え、この当時のスライは全くぱっとせず、ジョージ・クリントンによる救済の色彩が強かったのでしょう。あまり、スライの参加が大きく取り上げられることはありませんでした。紙ジャケの帯にも書かれていないほどです。

 さらにもう一人ザップのロジャー・トラウトマンが参加しています。当時、ジョージは彼を自身のレーベルから売り出そうとしていました。1曲だけですが、恐らくは彼の作品の録音セッションで録音されたのではないかと思われます。

 さて、ジョージ・クリントンは当初このアルバムを二枚組にするつもりだったそうです。意外なことにここまでPファンクのアルバムには2枚組が「アース・ツアー」しかありませんでした。これだけいろんなグループを運営しているのですから、2枚組の余裕はなかったのでしょう。

 それがここに来てなぜ二枚組を企画したのか。この頃、資金難に見舞われていたPファンクですから、前渡金をせしめようとしたのではないかと言われていますが、見事にワーナー・ブラザーズ側に拒否されてしまいます。

 さらに「社会批判、政府攻撃などを盛り込んだリリックが、過激なジャケットと共に問題視され、あわや発売中止になりかけた問題作でも」あります。問題の絵柄は男根型の機械の中に裸の女性が寝かされて、お尻ぺんぺん機械に苛まれるというものでした。

 西洋諸国のジャケット発禁基準はよく分かりません。恐らく日本ではさほど問題にならなかったでしょう。結局、その絵柄は見開きジャケットの内側に掲載されました。絵そのものよりもその回りに描かれている執念の書き込みが没にならなかったのが嬉しいです。

 この作品においても、パーラメントの直前作同様に楽曲ごとにミュージシャンの名前が掲載されています。そして、プロデューサーにジョージ以外のメンバーが併記されていることも同様です。ついでに、パーラメントとファンカデリックの区別も曖昧な感じになっています。

 1曲目のタイトル曲はそこそこシングル・ヒットしました。この曲は明らかにジューニーの独壇場です。このクールな感じがたまりません。「ニー・ディープ」や「ワン・ネイション・アンダー・ア・グルーヴ」と同じ匂いがします。名曲です。

 2曲にまたがる「ファンク・ゲッツ・ストロンガー」のパート1にはロジャー、パート2にはスライが参加しています。特にパート2はスライらしいサウンドになっていて、Pファンクでは異色な響きが際立っています。

 さらにゲイリー・シャイダーの活躍する名曲「オー・アイ」が光ります。アルバムとしてのまとまりよりも一曲一曲が際立つファンクの万華鏡的な作品です。これはこれで私は好きなんですが、残念ながらファンカデリック名義としては一旦最後のアルバムになってしまいました。

参照:「P-FUNK」河内依子

The Electric Spanking Of War Babies / Funkadelic (1981 Warner)