「吠える唸りの詠い吐く手にモハビの砂漠が狼狽したのです」。リアルタイムで発売された日本盤の帯が熱すぎます。これは当時フランク・ザッパのアルバムを中心に展開された八木康夫節だと思われます。ビーフハートはザッパ先生の弟分とされていましたし。

 この調子は各楽曲の邦題にまで展開されています。「ボール紙のキリヌキ夕陽(モハビ砂漠にて)」や、「やったネ、シャレコーベ氏」といった邦題が全曲につけられていて楽しいです。マニアっぽくて敬遠する向きも当然あるのでしょうが。

 前作の後、マジック・バンドのメンバーにまた変更がありました。この頃の鍵を握るジェフ・モリス・テッパーはもちろん健在ですが、ジョン・フレンチはまた脱退し、マネージャー兼務のゲイリー・ルーカスが正式メンバーになりました。

 新たに2人が加わり、その4人が基本メンバーとしてこのアルバムの制作にあたっています。前作に参加していたキーボードのエリック・フェルドマンはクレジットはあるものの、スネークフィンガーとのツアーに出ていて制作には参加していない模様です。

 新加入のベーシスト、リチャード・スナイダーによれば、ビーフハートはこれが彼の最後のアルバムになることを知っていたようです。そのため、ビーフハートはお気に入りながら完成していなかった作品を仕上げることに力を注いでいます。

 その一貫として、幻の「バット・チェイン・プラー」収録ながら、その後のアルバムで発表されていない曲をこのアルバムに使うことを意図しましたけれども、権利を持っていたザッパ先生に断られてしまいました。二人の仲はこれで決定的に悪くなったようです。

 それでも「バット・チェイン・プラー」にルーツを持つ曲が2曲収録されてはいます。残りの曲のうちのいくつかも過去のアルバムのために制作されたものの未発表となっていた曲のようです。とはいえ、素材はふんだんにあった様子で、決して単なる未発表曲集ではありません。

 前2作と合わせて後期三部作と言ってよい作風です。中村とうよう氏は、「さんざん汚らしい声、汚らしいギターの音で騒音をまき散らし続けたあげく、ついにとても澄み切った境地に達してしまったよう」だとして絶賛していました。うまい言い方です。

 彼はまたハウリン・ウルフを連想するとしています。ここでの「汚さが美しさに昇華し」たサウンドがブルースに根っこを持ち、それを徹底的に消化しつくして、さらに先鋭的な精神でもって再構築したサウンドであることにしみじみと思い至ります。

 前2作ほどのまとまりはありませんけれども、より親しみやすい作品になっています。どうやらヴァージンからは詩の朗読を収めたLPを付して2枚組とする企画を持ちかけたようですが、ビーフハートが断っています。聴きたかったですね。

 キャプテン・ビーフハートことドン・ヴァン・ヴリートは本作品を発表した後、音楽からは引退してしまい、その創作意欲は絵画の方に向かってしまいました。こちら側から見ている私にとってはいかにも残念な話です。絵画側からみれば歓迎すべきことだったのでしょうが。

参照:ミュージック・マガジン1982年11月号

Ice Cream For Crow / Captain Beefheart & The Magic Band (1982 Virgin)