「赤い露光」がある程度成功した後、ベガーズ・バンケットはアメリカ人アーティスト向けのレーベルとしてドント・フォール・オフ・ザ・マウンテンという奇妙な名前のレーベルを立ち上げました。そのレーベルからEPに続いて発表されたのがこのアルバムです。

 前作の制作時に不足分をスタジオ・オーナーのオリバー・ディチッコに借りたままになっていたにも関わらず、オリバーは快くクロームのアルバム制作を引き受けます。オリバーはよほどクロームの音楽に好意を寄せていたということが分かります。

 しかもオリバーはダモン・エッジとヘリオス・クリードのデュオにステンチ・ブラザーズを紹介し、四人組にしてしまいました。ステンチ兄弟はベイ・エリアのさまざまなバンドを渡り歩いたベースとドラムのデュオです。

 きっかけはイタリアのプロモーターからライブのオファーを受けたことのようです。ライブ演奏を時代遅れだと言い切っていたダモンが、ガールフレンド、ファビアンのバンドがツアーで成功していたこと、もともとヘリオスがライブをやりたがっていたことから方向転換しました。

 ライブをするとなるとリズム・セクションが必要なので、ステンチ兄弟が参加した、そういうことです。ライブは結局2回しかしないのですが、このカルテットはアルバム制作に取りかかります。その結果が「ブラッド・オン・ザ・ムーン」です。

 リズム・セクションが加わったことで、ダモンはシンセとエフェクト処理に注力できるようになりました。それはギターを弾くヘリオスも同様です。さらにステンチ兄弟は音楽知識に富んだプロのミュージシャンですから、音作りにも大いに貢献してくれました。

 ダモンとヘリオスがアイデアを提示して、それをステンチ兄弟が音楽的な形に仕上げていくという形が基本ですけれども、中には兄弟のジャム・セッションに二人が後から入って仕上げた曲もあります。先輩後輩関係を入れ込んではいるものの、普通のバンドっぽい話です。

 このアルバムでのクロームは語弊のある言い方をすれば、普通のバンドです。「赤い露光」に比べても、リズム・セクションがかっちりしているだけに、さまざまなエフェクト処理を行ったサウンドが乗るものの、とても分かりやすいです。

 曲の形式も普通にロックしています。そうしたサウンドをSF映画のサウンドトラックという緩やかなコンセプトを下敷きに展開しており、「赤い露光」路線をさらに突き進めたサウンドになっています。こうなると初期のクロームのファンには受けが悪いです。

 ダモンは当時発売されたばかりのショルダー・シンセを使い、ヘリオスのギターをそのまま再現する挙にでたそうで、二つの楽器の音が良く分からないことになっています。そのゆるい実験の方向性がアルバム全体のサウンドを決定づけているように思います。

 クローム前史を考えずに聴くとなかなか面白いアルバムなのですが、それと比較してしまうと私ですら若干複雑な気持ちになります。タイトル曲などインダストリアルなロックとしてなかなかのものなんですが。

Blood On The Moon / Chrome (1981 Don't Fall Off The Mountain)