「『21世紀のクルビ・ダ・エスキーナ』と称される、現代ブラジルの先鋭的なアーティストが集う音楽サークルの中心的な役割を担う、3人の俊英」による作品です。いろいろと解説が必要な宣伝文句だと感じます。

 まず「クルビ・ダ・エスキーナ」は、「街角のクラブ」という意味で、「ブラジルの声」と称されるミルトン・ナシメントを中心とした同郷であるミナス・ジェライス州出身の友人たちとの集まりを指していた言葉です。ナシメントの1972年のアルバム・タイトルにもなっています。

 今、ブラジルには先鋭的なアーティストが数多く生まれており、同じミナス・ジェライス州が中心であることから「21世紀のクルビ・ダ・エスキーナ」と呼ばれている模様です。そのサークルの中で中心的な役割を果たしているアーティスト3人による作品がこちらです。

 三人はクラリネットを担当するジョアナ・ケイロス、ピアノやシンセサイザーのハファエル・マルチニ、ギターのベルナルド・ハモスです。ジョアナのレコーディング音源を聴いた日本のスパイラル・レコーズが三人の共演による室内楽作品を提案したことから生まれた作品です。

 スパイラル・レコーズは「時代を超越するようなボーダレスな音楽を求めていて、私たちの音楽に近いものを感じていたようです」とはジョアナの弁です。「多様な音楽のエレメントを融合させた、スタティックで先鋭的な世界を提示する」スパイラルらしいです。

 ジョアナによれば、「ハファエルは作詞作曲、ベルナルドはジャズ、私はショーロのように異なる音楽的影響や経験があり」、その違いが作曲や編曲のアプローチに表れています。しかし、長年一緒に演奏してきた三人ですから演奏は一体となるという理想的な関係です。

 彼女の話の中で、アルバム中の一曲「バラダ01」で、「複雑に作りこまれた部分に即興パートが挿入されていますが、作曲者であるベルナルド以外はレコーディングの後に聴き直して、初めてそのパートが何なのか理解しました」という挿話が印象的です。

 三人それぞれが作曲と編曲を個人ですすめ、それを持ち寄ってリハーサルで一緒に曲の個性を見つけていくというアルバム制作過程とは異質ですけれども、いかに三人がお互いの音楽に信頼を置いているかという証左だと思いました。

 アルバムから流れ出てくる音は、ブラジルともジャズともクラシックともロックとも何とも言い難い美しいサウンドです。「クラリネット、フェンダーローズ、エレクトリック・ギターを軸とした編成」で、ギターもマイルドなトーンですから、全体に音が柔らかい。

 アルバム・タイトルは「ジェスト」、すなわち「身振り」です。楽器演奏は小さな身振りと言えます。小さな身振りで織りなされる「あらたなチェンバー・ポップ・サウンドの結晶」がキラキラと輝いています。大げさな響きはありませんが、密度がとても濃い。

 アルバムに色を添える美しいジャケットは漫画家逆柱いみりの手になります。ミュージシャン三人もしっかり描かれているこの世ならぬ画像は、サウンドを言い当てています。スパイラル・レコーズの見事な仕事に拍手を送りたいです。

参照:CDJ2016年11月号(江利川侑介)

Gesto / Joana Queiroz, Rafel Martini, Bernardo Ramos (2016 Spiral)